春琴抄(改版)
谷崎潤一郎(1933)
新潮文庫
感想文
ストーリーについて
当人たちはそう云う面倒を享楽しているものの如く云わず語らず細やかな愛情が交わされていた。
p.69
とはいうものの、春琴の胸中は果たして如何ほどだったろうか。
春琴は佐助との間に4人の子供を設けているが、出産後にまもなく死亡した一人をのぞき皆里親に預けられている。つまり、子どもを欲しくないのにも関わらず体を重ねたことになる。
したがって、どちらから求めたかは明記されていないものの、春琴から佐助へ親愛とは別種の情があったことは察せられる。
そして、春琴の佐助への情は佐助と同質のものだったのだろうか。
佐助は何故正式に彼女と結婚しなかったのか[中略]春琴の方は大分気が折れて来たのであったが佐助はそう云う春琴を見るのが悲しかった
p.70
同質ではないんじゃないかなあ(そっちのほうが私好みだからそうあってほしいだけ)
佐助は「何かにつけて彼女に同化しようとする熱烈な愛情(p.20)」を幼少期から持ち続けており、目が見えなくなってからはその想いがより顕著になり、観念的な世界に歓びを感じるようになった。一方で、物心ついた頃から観念的な世界にいた春琴にとっては、その世界こそが常識である。観念的な神化された愛と世俗的な愛のような温度感が結婚という事柄に現れている。
なんだかとっても悲しいね…….。でも、私はこういうすれ違い悲劇、大好き。
文章について
p.47から春琴の雲雀趣味の話が綴られるが、この時「女師匠」と春琴が呼称されている。これ、「隣近所に家居する者」つまりご近所さんに物語の視点がぬるっと移っていることの現れで、地の文章力の高さが垣間見えて谷崎良いなあと思える。
たぶん私が気付いていないだけでもっとたくさんの工夫があるのだと思う。
余談
初めて読んだのは確か高校生の時で、鵙屋春琴伝の引用文を始めけっこう読みにくいなあと拘泥した記憶がうすらぼんやり残っている。
それから約5,6年くらい経ち、せっかく再読するんだし、春琴抄は短いから全編音読してみようと思い立つ。
したらばなんとまあ読み心地の良いことか。
苦戦した春琴伝の引用文ですら、リズムがあって流れるように音読することができる。語彙や表現の美しさとは別に、音読する口が常にとっても気持ち良い。
春琴伝、味わい深すぎるよ………。