ヤクザときどきピアノ【読書感想文】

ヤクザときどきピアノ

鈴木智彦

CCCメディアハウス

要約

5年かけて取材を行った密漁ルポを脱稿し、ライターズ・ハイのまま観た映画で流れたABBAのダンシングクイーンが著者の脳に鮮烈に響く。ピアノで、弾きたい。ノリの良いお嬢様ライクなレイコ先生と、定期的に出てくるヤクザたち。唯一無二の取り合わせで進んでいく五十路習い事エッセイ。目指すは発表会での披露の成功、本書のオチのために。

感想

2024年私のベストエッセイ部門最優秀賞。傑作。

全てが良い。

文章そのもの、ユーモア、内容、装丁。どれをとっても素晴らしい。

文章

当時52歳で(全然知らないけどおそらく)文字通り大変多くの死線を潜り抜けて来たであろう方。人生の厚みが洗練された文章に凝縮されていて非常に良い。文章ひとつひとつは簡潔で読みやすい。しかしそれらに雑さや粗っぽさはなく、磨き上げられた重厚感が漂っている。癖になる文体である。

ユーモア

調査の鬼。ピアノ初心者のはずなのに、ピアノに関する参考文献が論文かのように次から次へと引用されてくる。それに、本人の経験談のパンチは強すぎる。一生思いつくことのないヤクザたとえが止まらない。そしてそういった引用やたとえに、外連味や衒学的な要素がないのがとても良い。人生の厚みも、ピアノへの知識も桁違いなのに親しみを覚える。心をオープンにしてただただ面白く笑い飛ばせる。楽しい。

内容

もう、なんか、心が満たされる。笑って、泣いて。

「うわーーーーーーーっ」

p.53

「ド」の一音を鳴らすだけでここまでピュアに喜べる52歳のヤクザルポライターと、それにノリノリで応えてくれるお嬢様先生。面白くないわけがないし、読んでいるこちらまで二人を見守るような温かさを心に持ってしまう。

そして、励まされる。著者はダンシングクイーンを弾こうと練習していて、外へ向けて何かを啓発しようとしているわけではない。あくまでダンシングクイーンを弾くために、ヤクザの抗争とピアノレッスンを往復しているだけである。(ヤクザの抗争とピアノレッスンの往復…???????)しかし、勇気づけられる。著者とレイコ先生とヤクザの生命力、エネルギーの発散が、紙面を通して私の心を豊かにしてくれるからだ。

装丁

最後に、装丁と挿絵もすこぶる良い。あたたかくも、くすっと笑顔になれて、誠実なイラスト。まさに本作にぴったりである。

読了直後に感想文を書いていて、思い入れが強すぎるせいで、もうなんか全てを肯定できてしまう。とはいえ、日をあけて読み返してもきっと傑作と言っているに違いない。それほどまでに、本作は素晴らしかった。

余談

読後の〆にこの動画、傑作。最高。

【発表会ver.】ABBA『ダンシング・クイーン』演奏:鈴木智彦