悪人
吉田修一(2021)
文春文庫
要約
福岡の生命保険会社で働く石橋佳乃は、出会い系サイトで知り合った長崎の土木作業員清水祐一に三ツ瀬灯台で首を絞められ殺害される。しかし、警察の捜査線上に容疑者として浮かび上がるのは、佳乃がバーで知り合った増尾だった。一方真犯人の祐一は出会い系サイトで知り合った光代と逃亡生活を送る。彼ら彼女ら、そしてその周辺人物たちを深堀することで見えてくるのは、果たして悪人は誰なのかという問い。様々な思惑が蠢く群像サスペンス。
感想
映画化されるほどの名作なのは頷けるが、私の好みではなかった。
まず、読んでいて文章が面白くない。
状況を淡々と記述しているだけで、文章それ自体に作者の個性があまり見られない。あくまで情報をインプットする目的でしか読めなかった。ある意味、ずっと登場人物のプロフィールを読んでいるような感覚だった。
特に、クライマックスに及んでも人物紹介が入るのはきつい。最終章の一番始めに読まされるのが、中心人物の母親の略歴というのは、正直気持ちがかなり萎える。
次に、テーマが私にとって食傷気味な内容だった。
私の読んだタイミングが悪いのだろう。多様性がことさら強く叫ばれる社会にて、誰が悪人で誰を責めればよいのでしょうか、という問い一本の作品は見飽きている。
とりわけ祐一が憎めないキャラとして作られすぎている。というのも、彼には殺人を犯した以外の欠点がない。他者に迷惑をかけないようあえて露悪的に振舞う優しさがあり、殺人に至るまでの背景には同情の余地も多分にある。もちろん、共感性に欠けるところもあるが、それも結局母親のネグレクトにより説明がついてしまう。私の好みで言えば、これは極端で面白くない。
最後に、本作で問いとして投げかけられている「悪人」に、作品自体が答えを提示しているのが、妄想の余地を狭めていていまいちである。
p.422では佳乃の父親が、「その人の幸せな様子を思うだけで、自分までうれしくなってくるような人」が「おらん人間が多すぎる」という旨の発言をする。本作で非人道的な行いをする人間は皆、おおよそこれに当てはまるように描かれている(と思う。厳密に読んだわけではない。)。
したがって、タイトルから印象的に問いかけられる「悪人」について、作品自体が「愛する人がいない人間が悪人となる」という回答をしっかりと用意している。この結論にも、もう少し揺らぎを与えてくれてもよいのではないかと、我儘な読者私はそう思ってしまう。
以上、長々とネガティブなことを書いたが、私自身どういった小説に面白さを感じるかを深めることができたのでとても良い読書体験だったと思う。