走れ、走って逃げろ
ウーリー・オルレブ, 母袋夏生(2015)
岩波少年文庫
要約
ポーランドのユダヤ人家系に生まれた主人公、スルリックはショアによって住む場所を追われ、ポーランド人名のユレクを名乗って村々を渡り歩いて生き延びる。数多の出会いと苦しみが織りなす実話。
感想
少年文庫でありながら、読み応えが凄まじい作品。これ以上の苦しみはないだろうと思って読み進めるとさらなる仕打ちに胸を痛めたのはもちろんのこと、加えて主人公の生きる意志の強さに心を持っていかれる。
本名を忘れても、家族の名前や顔を忘れても、腕を失っても、それでも生きようとし続ける主人公。多くの絶望で打ちひしがれることもあるのだが、作品全体の雰囲気はどこか軽やかで、今その瞬間を生きようとする主人公の生命力に圧倒される。彼の、前へ踏み出さんとする推進力があったからこそ、一時的ではあるものの道中で彼を手助ける人たちが多くいたのだろう。
それから、本作は著者の筆力も素晴らしい。
特に最後が印象的である。
兵士の話を聞いて、もう一度自分も経験を語ってみようと思った。
今度はびっくりだった。彼が話しはじめると、ホールはシーンと静まりかえった。聴衆は緊張し、胸をどきどきさせ、感激のあまり涙まで浮かべて聞き入った。
わたしも、その一人だった。
p.292
本物語を、(いかに実話とはいえ)物語として完結させるのではなく、著者の存在する現在に繋げ、スルリック/ユレクの経験が今の世の中と地続きになっていることを示す素晴らしい終わり方だと思う。
以上、本作は一字一句読み漏らしてはいけないほどに、内容の詰まった素晴らしい作品だと思う。感想を書くのがすごく難しいほどに、良い作品。