推し、燃ゆ
宇佐美りん(2020)
河出書房新社
感想
まず、完成度の高さに驚かされる。
一字一句無駄がない。徹頭徹尾、過不足がない。無駄のなさが、揺らぎや情緒のなさに繋がっているわけでもない。味わい深いのに、引き締まっている。
そして、推し事をする人間の解像度があまりにも高すぎる。かつてモーパッサンが師匠から頂いたアドバイスで、「一人のタクシー運転手を、唯一無二に思えるまで観察し、書け」というものがあるが、まさにそれがぴったりと当てはまる。
主人公は、唯一無二ではない。作中で自称するようにファンの一人、声援の一部である。しかし、そんな彼女も一個人として存在しており、彼女だけの人生がある。主観で進む本作は推し事をする主人公を追体験でき、彼女の感情の機微や思考プロセスを詳細に追っていくことができる。これは、解像度の高さと文章力の妙が為せる技であり、もう、なんか、すごいね。
それから、一生懸命やっていても上手くいかない、病院で診断名がついて余計に堕ちていく描写もあまりに解像度が高い。読書メーターの感想を眺める限り、共感できる人とそうでない人で二分されており、まさしく、主人公が実在する人間として受け止められた証拠である。すごい。
最後に、結末について。
個人的には、すごく良い。素晴らしい。大絶賛。どれだけ堕ちようとも、背骨を抜かれて自分自身の人生が失われようとも、蹲ったところから新たな人生が始まる。控えめながらも希望に満ちた終わり方である。私、こういうの大好き。BIG LOVE.
一方で本作の結末は、様々なパターンを想定することができる。例えば、主人公が推しの住処へ行き、直接会って何らかの行動を起こすパターン、人生とも言える推しが人になり、自殺に走るパターン、など。
このように様々な結末に繋げられる上で、著者はあの終わり方を選んだ。少なくとも私はその選択を賞賛したいが、著者自身はどういう想いであの結末を描こうと考えたのかも知りたい。すっごく気になる。
以上、宝石のような作品でした。