ショウコの微笑
チェ・ウニョン, 牧野美加, 横本麻矢, 小林由紀, 吉川凪(2018)
クオン
感想
※1作読み終わるごとに書いている(全ての話が、あまりにも味わい深かった)
ショウコの微笑
心理描写の表現力があまりにも高い傑作。
主人公とショウコの心の距離感が絶妙すぎる。
映画監督を志す主人公は強い出世欲や権力欲を持っている。そのため、自己実現のための行動こそが正と考え、会社や家庭ですり減らす同年代を憐れむように見下す。無論その態度はショウコへも向けられる。かつて主人公宅でホームステイしていた時の活発さを失い、実家で弱る彼女の姿を見て優越感を覚えるのである。
一方で、主人公は自身の映画監督の夢が叶わないと知るときが来る。しかし彼女はそれを受け入れられない。結果、周囲を突き放し、見下し、何かを目指すわけでもなく中途半端に暮らしていく。典型的な高慢である。
そして祖父の死とともに、その高慢は溶かされる。祖父の死の直前には、祖父に対しても、母に対しても素直になることができ、映画監督という呪縛もようやく諦められるようになる。
そしてショウコと再会する。ショウコもまた、憎みつつも愛していた祖父との離別を通して成長していた。そうして互いに祖父を失った二人は、ようやく心を交わせるようになる………
わけではない!!!
空港での別れ際、二人の抱擁は「お互いに相手の背に手を回す程度」である。さらには出国審査を抜け、本当の最後の別れ際に差し出されたショウコの微笑は「高校生のショウコの微笑を見た時のよう」で、主人公はそれを見て「寒くなった」のである。
最後の最後まで、二人は完全に心を許していないのである。
安易にハッピーエンドにしないのが良い。ただ、バッドエンドでもないと私は思う。上述したように、主人公が自身の夢をすっぱり諦めたことや、ショウコが病を乗り越えてポラロイドの中で口を開けて笑えるようになっていることは事実である。そのように、それぞれの心が成長した上で交わした抱擁が「背に手を回す程度」であるならばもうそれは、精一杯歩み寄った結果といっても差し支えないのではなかろうか。私はそう思いたい。
私の妄想はともかくとして、人生も、自身の心でさえもままならない様子を、精緻な筆で描いておりすごく良いと感じた作品。新人賞も納得の出来。
シンチャオ、シンチャオ
安易なハッピーエンドではないお話のあとで、それなりに素直で温かい終わり方をする話を読むと、なんだかより一層沁みてしまう。
言葉を交わさずとも、というよりむしろ言葉は無意味で、グエンとその家族を想い続けながら編んだという行為こそが手袋や帽子となって主人公の母の想いを届けたわけで、色々と噛みしめるものがある。
サンプル2で言うのもおかしな話だが、蓋し著者は、人間の多様性ゆえの距離感にすごく敏感なのではないだろうか。あるいはそういう、どうあがいても埋まらない溝と、そこからどう希望を見出していくかについて考えることに注力しているように思える。
オンニ、私の小さな、スネオンニ
「誰もあたしたちを殺すことはできない」
p.138 オンニ、私の小さな、スネオンニ
文章に、映画のような迫力が宿ることがあるのだと仰天した。それまでの弱った空気をばっさりと切り裂くような、湿気の籠った部屋の窓を突然全開にして換気をするような、突然の迫力。表現力があまりにも高い。
またここまでの三作の中で、「その時は理解できなかったけど、後になってなんとなくわかるようになった」という描写が、注釈のようにたびたび挿入される。ここに著者の優しさが詰まっているように感じる(単に私がそう感じたいだけかもしれない)。
ハンジとヨンジュ
悲しいけれども、それが最善のようにも思える。だからこそ、より悲しい。
ヨンジュにとっては、氷河にノートを埋める行為が多少なりとも救いになっているのだろうか。今となってはどうにもならないことだからこそ、綺麗さっぱり忘れられるように、そうしたと私は思う。
一方で、読者に対しては救いがない。
生まれも境遇も全く異なるゆえに、一生涯かかっても理解できないとことがある。他三編に関しては、埋まらない溝を溝として認めた上で、それでもほんの少しは心を通わせられるのではないかと思える一抹の希望が読者に与えられるが、本作にはそれがない。そのため、すごく物悲しい気持ちになる。
彼方から響く歌声
おやすみプンプンを思い出す。
あれほどまでに心が通じ合った愛子ちゃんの記憶も、年を追うごとに薄れていく切なさ、寂しさ。
「別れを告げない(白水社)/ ハン・ガン」では表題の通り、過去の出来事に別れを告げず、精算してしまわないようにする話だったが、それとは対照的な本作は、忘れるがゆえに前へ踏み出せることを提示している。
どちらが良いとかの話ではない。そもそも社会的な出来事と個人的な出来事を比べるべきでもない。少なくとも両者に共通しているのは、痛みである。ハン・ガン氏にせよ、チェ・ウニョン氏にせよ、そういう痛切さへの表現力が並はずれいているのは間違いない。
ミカエラ
わからない、けど伝わってくるものはある。
子供を持ったことがないので、女の滅私奉公的な態度には共感できない。加えて、度を越えた報われないお節介には、読者として心が痛くなってしまう。
一方で、女が娘を限りなく愛していることはひしひしと伝わってくる。また、娘への愛を起点として、周囲にもその愛を惜しむことなく振りまく精神に痛々しさはない。温かさ・優しさと言うには苦労があまりにも多いけれど、それでもなお愛情に溢れている良い作品。
秘密
救いは、ないんですか…………????????
どうして…….どうして…….?????