歌行燈
泉鏡花
岩波文庫
感想
表現、語り、展開の三拍子揃った見事な作品。
特に、春琴抄に並ぶ、音読の楽しい作品に入ると思う。況や句読点を自ら付けなければならない春琴抄に対して、本作は句読点すらも韻律として成立しており、流れるように朗読することができる。(無論、春琴抄には春琴抄の良さがある)
そしてこの味わい深いリズムから生まれる緩急の効いた展開。際立っていたのは、表紙にもある「お仲間の按摩を一人殺しているんだ。」と喜多八が述懐するところ。表紙ではそのフレーズしか引用されていなかったが、その前の2、3文を含めると、よりこのセリフの異質さ、物語を大きく動かすであろう強い力を感じることができる。
淵に臨んで、崕の上に瞰下ろして踏留まる肝玉のないものは、一層の思い、真逆に飛び込ます。破れかぶれよ、按摩さん、従兄弟再従兄弟か、伯父甥か、親類なら、さあ敵を取れ。私はね、……お仲間の按摩を一人殺しているんだ。
ただ、白状すると、一周目では内容をしっかりと理解することができなかった。なぜなら朗読の心地よさに注釈を一切参照せず、意味の分からないところも構わず読み進めていたから。しかしこれは逆説的に、内容がわからずとも作品を魅力的に感じることができるという証左でもある。私は能について全く知らない。一方で、知らないからこそ、心地よい節回しを新鮮に感じ、より一層楽しめたと思う。