夜空に泳ぐチョコレートグラミー
町田そのこ
新潮文庫
感想
ままならないことは多々ある。それはたとえフィクションであっても、共感せずにはいられないようなことがしばしばある。本書でも各話にて、どうしようもなく非人道的な、それでいて通り一遍の感情を備えた大変関わりづらい人々が登場する。主に中心人物となるのは、そのような人々の脅威に晒されている側の人間である。
困難に直面したときに取られる方法というのはいくつかある。逃避や諦念が最たる例だろう。また、多少力があれば反抗という形をとることもある。しかし、本書はそのどれでもない。受け入れて、推進していくのだ。
まず、受け入れることについて。これは、諦念に少し隣接している。受け入れるとは即ち、その状態から変化しないことを認め、諦めるということだからだ。とはいえ、異なる部分もある。諦念とは、見切りをつけ、なげやりになることであるのに対し、受け入れるとはその状態を認めつつもなお当人に動ける余地があり、根底には確固たる意志が存在している。
本書ではこの「受け入れる」と「諦め」の書き分けがしっかりと行われており、例えば「海になる」での桜子とその夫が顕著である。「育むもの」になることを諦め妻に暴力を振るう夫と、夫を殺めかけた際に感じた「力強く脈が打っている」「夫の生の鼓動」を受け入れた上で再出発する桜子が対照的である。本書にはこのような「受け入れる人」と「諦める人」が丁寧に描かれている。
そして、桜子のような「受け入れる人」は、現状を受け入れた強さがあるからこそ、その後において極めてパワフルに前進していくのである。受け入れるだけでは諦めであり、受け入れず行動するだけでは逃避になりかねない。あくまで「受け入れた上で前進する」のであり、そこにある力強さは毎話印象に残っている。そしてそのエネルギーは、フィクションという枠組みを越えて読者に訴えかける何かがあるように思えてならない。
本書では、装丁やタイトルからは想像もつかないパワフルさに驚かされるばかりである。最近になって増えてきた(超主観)、弱さを受け入れるタイプのお話かと思えば、もうひとつ踏み込んで、動こうとする意志がしっかりと描かれている。ただ前を向くのではない。弱さを、それも自分自身のみならず他者の弱さすらも受け入れた上で、推進せんとする本書は、極めてエネルギーに満ちた素晴らしい作品だった。