死にたいけどトッポッキは食べたい

死にたいけどトッポッキは食べたい

ペク・セヒ, 山口ミル(2020)

光文社

感想

共感はできなかったが、生きる上で大事なことがたくさん含まれている、示唆に富んだ本だと感じた。著者が、医者と会話する中で「すっきりしました(p.125)」と発言しているように、具体的な方策を提示することが解決に向かうのではなく、あくまで会話というプロセスそのものによって、当人の心が解きほぐされていくことが重要であることのように思える。このような当事者研究の大切さについては、「ドクターからの言葉」にて以下のように語られている。

現代社会において、ある程度の情報を手に入れるのは、それほど難しいことではないでしょう。[中略]つらい経験をリアルに共有するということは、検索だけで知るのが難しい部分ではないかと思います。(p.159)

また当事者研究で思い出すのは、以前読んだ「モテないけど生きてます」である。あちらは本書よりももう少し当事者の変化が大きかったように思うが、他者に話しながら内省するという点で両書は似ている。会話によってより良い人生の道程を模索する営みは、たとえ読者が共感できずとも、訴えかけられる何かが詰まっているように感じられる。

加えて、ケアの倫理(読んだものだと、ケアの倫理ケアする建築親切で世界を救えるか)にも隣接しているように感じた。本書では医者が著者に対して、「二分法で思考するのはやめよう」「思考が極端になっている」と助言する場面がしばしば散見される。この、両極端にならずに、中間で思考するというのは、ある特定の理論に基づかないケアの倫理と似ている。

本書では、著者と医者の対話が文字起こしされたものになるが、心境の変化はあれど根本的に何かが改善されるということは特にない。しかし、より良くなろうと努めて会話をせんとする姿には、現代人が見習うべきプロセスが多分に含まれている。だからこそ、状況の改善が見られなくとも、多くの人を癒してくれる作品足りえるのだろう。

余談

韓国語を0から勉強し始めて早2カ月。本作の原題を読めたのが嬉しくて仕方ない。ようやく、実用に向けて歩き出せたという感覚が、この上なく気持ち良い。

目指せ、ハン・ガン原書読破。