痴人の愛

痴人の愛

谷崎潤一郎, 磯田光一, 野口武彦

新潮文庫

感想

解説が秀逸で、そのおかげで私がなぜ春琴抄は好きで本作はそれほどでもないかの説明ができる。まず、春琴抄では「官能の神化」と、痴人の愛では「愚の称揚」と一言で表されている。おそらく、私は「神化」されるほどの大きな感情や思想や哲学や何かを読むことが好きで、それに比べると「称揚」程度で、風俗小説として収まってしまう本作は、面白くはあるのだけれどそれ以上の感情は換気されない。

ただ、「愚の称揚」も文学の在り方の一つとして非常に価値があると思っており、この点においては私の好みのど真ん中を衝いている。ヒップホップに代表されるカウンターカルチャーを感じさせる、「愚」を価値あるものへと反転させる営みは賛美されてしかるべきだし、実際本書の解説を始めとして多くの人々に絶賛されている。谷崎が痴人の愛にて表現しようとしたその方針については手放しに首を縦に振ることができる。

あとはもう個人的な趣味の話なわけで、共感性羞恥強めの、身近に感じられてしまう醜悪さは私にとって読んでいて心地良いものではなかった。むしろ、譲治の対人関係の不得手や、欧化趣味は、とても他人事とは思えず、身につまされるようで苦しかった。まさに「馬鹿々々しい思う人は笑って下さい。」に該当しない人間なのである。