トムは真夜中の庭で
フィリパ・ピアス, 高杉一郎
岩波少年文庫
感想
児童文学然としていて味わい深いスルメ作品。「西の魔女が死んだ(新潮社)/梨木香歩」を思い出す自然豊かな生身の経験は、大人になった今でも心の栄養として響くものがある。成功も失敗もすべて成長の材料として吸収するのびのびとした子供の様子を読んでいると、読者である私の気持ちまでもが伸びやかになる心地を覚える。
また物語としても、意外性はないながらも何度でも味わえる奥深いものとなっていて良い。服装の慣習すら全く異なる世代に生まれた二人が心を交わし、あくまで対等な人間として再会・離別を行う姿は言葉にしがたい感動がある。
加えて、主人公トムに備わっているポジティブな感情も、作品の温かい雰囲気の形成に一役買っているような印象を受けた。彼は、無意識のうちに家族を大切に思っている。毎日弟へ手紙を書き、たった一度忘れた日には自責に悩まされる他、「もし僕が困ったら真っ先に両親が駆けつけてくれる」と自然に思考しているのである。小説という広いジャンルで見れば、あくまでこれは一属性にすぎないが、こと本作品の世界観としては、これくらい自己肯定感が高いほうが安心して読めて良いと思う。
極端なハラハラドキドキはないものの、一章一章を、一文一文をじっくり味わえる良い作品。冒頭に述べた西の魔女同様、定期的に読み返して、社会で荒んだ心を癒したい。