三美スーパースターズ
パク・ミンギュ, 斎藤真理子
晶文社
感想
最高!!!!!!!!
著者のユーモア、比喩、観察力が、卓越した筆力によって統合された傑作。笑えて泣けて心に刻まれるとはまさにこの作品のためにあるようなもので、始終、私の心は奥深いところで共振し続けていた。全く知らないけれど、三美スーパースターズ、永遠なれ。
正直、ツッコミどころはままあると思う。例えば、第二章の「彼女」との接し方であったり、第三章以降で主人公が悠々自適に暮らせたのはあくまで一流大学を卒業することで得られた一流企業の退職金があってこそであるし、後日談では物語でしか許されないようなハッピーエンドが語られる、などが挙げられる。
とはいえ、これはファンタジーである。三美スーパースターズが消滅して永遠となったように、本作もまた、実際には存在せず、読者の胸中にのみ存在する世界なのである。本作にツッコミを入れるのは、モモ(ミヒャエル・エンデ)を読んだ現代人が、「そうは言っても働かないと生きていけないしなあ」と漏らすのと同じであり、野暮というものだ。
それにしても、本書の構成の隙のなさには驚かされる(上述のツッコミどころはあくまでディティールであり、これは全体を俯瞰したとき感想)。
第一章では、三美スーパースターズの惨敗とそれに絶望する子供主人公をコミカルに描いて物語世界に楽しく誘いながらも、終盤にかけては「プロ」の登場によって浮彫になってしまった学歴社会、資本主義社会を克明に映し出し、読者の心に楔を打って次章へと引き渡す。前半が楽しいだけに、章の幕引きにはぞっとさせられるところがある。
続く第二章では、とにかくルサンチマンを溜めるが、読者を突き放しはしない。むしろ、人生についてよくわからないままリズムに流れてワルツを踊るという表現は、多くの読者の共感を呼ぶのではないだろうか(実際私は大きく共感して引き込まれた)。苦しいのに八方塞がりでどうしようもないという無力感が、「稼ぐことのできる社会」を誘引し、次章へと向かう。
そして第三章にて、さらに溜め込まれた鬱憤がついに爆発するのである。失職し、憔悴した主人公が、久々に再開したソンフンとキャッチボールをする中でようやく気付く、「空」の存在は、文字の世界でしか表せないほどの抜け感がある。現実、とりわけ都会では見ることのできないような広い空が、「プロ」の世界に潰されてスライスチェダーチーズのように薄くなった主人公を受け止めてくれたのである。個人的には、ここがカタルシスの最高潮だったと思う。
果てに終盤では、「プロ」の世界に唯一抗った三美スーパースターズが、一時的に復活するのである。この、「一時的」というのも良い。結局は、生きていかなければならないし、そのために稼がなければならない。それはもう避けられないことである。だからこそ、三美スーパースターズの復活は一時的であり、そうでなくてはならない。上述した通り、エピローグのハッピーエンドはいささかご都合主義の気配を感じてしまうものの、とはいえ十分許容範囲内であり、三美スーパースターズが存在した世界から読者のいる現実に確かな希望を届けてくれると感じられる。
モモと同様、本作は何らかの行動を推奨しているわけではない。本作を読んで突然仕事を辞める必要はないし、突如政治デモを行う必要もない。あくまで大事なのは、空を見上げることだろう。昼であろうと、夜であろうと、そこには確実に三美スーパースターズのいる星が瞬いていて、彼らが疲れて重たくなった心を軽くしてくれる。それこそが、パク・ミンギュ氏による最大限のエールなのだろう。