サーキット・スイッチャー

サーキット・スイッチャー

安野貴博

早川書房

感想

アイデア賞の一言に尽きる。2022年時点で、自動運転が普及した社会をリアリティを持って描けるというのは素晴らしいと感じる一方で、ドラマがあまりにもステレオタイプで既視感しか覚えなかった。ヒューマンドラマとしても、サスペンスとしても、ミステリーとしてもありがちで、物語としての熱狂は全くなかった。

またアイデア賞だとしても、自動運転アルゴリズムをオープンソース化して、ユーザに事故の責任の一端を持たせようとさせる結末には首をひねってしまう。オープンソース化されたのはあくまでアルゴリズムだけであり、各企業の自動車の走行・事故データが一般に公表されなければ、各企業がどのようにアルゴリズムを実装したかは依然としてブラックボックスとなる。

実際、本作でファインチューニングが発覚したのも、ハイジャック犯の個人的な経験と警察からの膨大な個人データの提供があったからである。これら全ての個人データがユーザのもとへ届くとは到底考えられない以上、各社の実装事情が明確になることはないのではないだろうか。その上でユーザの選択に、自動運転事故の責任を担わされるのは少し現実的でないように思える。

加えて、本作には文章そのものへの魅力がない。極論ではあるが、鍵括弧内のセリフのみ読んでも話がわかってしまうのだ。ドラマや映画などの映像作品であれば何ら問題はないかもしれないが、本作が小説である以上は、状況設定だけでなく文章それ自体でも魅力あるものにしてほしいと感じてしまう。

余談になるが、本作を読んで伊予原新氏を思い出す。伊予原氏にしても、安野氏にしても、自身が優秀でなんでもそつなくこなせるからこそ、物語の物語たるべきポイントをしっかり押さえて書くことができるのだろう。そのため、作品として端正にまとまってはいるものの、心を揺さぶられる感情はどうにも見つけられない。純文学大好きマンゆえの妄言だとはわかっているものの、彼らには、もっと心や精神を抉るような作品を書いてほしいと思う。