物語としてのケア
野口裕二
医学書院
感想
全人類が本書を読めば世界平和に一歩近づけると本気で思えるほどの名著。書中にはセラピストや専門家が頻出するけれども、そういう分野に疎い素人でも非常に学びと気づきの多い一冊となっており、とても2002年初版のものとは思えない。
特に印象に残っているのは、問題を解決しようとする姿勢こそが問題を問題たらしめている、という言説である。言葉によって世界が形作られるように、病いもまた、それに関わる人がそこに問題意識を持って解決しようとするからこそ問題として立ち現れるのである。
本書では、そのような問題に対して、「外在化」「無知の姿勢」「リフレクティング・チーム」の3つのアプローチが紹介されている。これらが全て、説得力を持ちつつ、私にとっては非常に新鮮な考え方で面白い。「語られなかったストーリー」を聞くことで「問題」を再構築し、問題を解決「せずに」、問題が「解消される」のである。ケアのあるべき姿と言っても過言ではなく、遍く全ての人々に読んでほしい理由がここにある。ナラティブ・アプローチができる人が増えるだけでも、社会は確実に良くなるのではないだろうか。
ところで本書では、それぞれのアプローチに対して、必ず実例を提示しているところが良い。本書の説明には、鍵括弧が多用される上に、ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど重要なキーワードが繰り返される(第二章ではこれが顕著で「自己」や「本当の自分」が1行に1.5回の頻度で登場する)。そのため、文章だけでは理解が難しい箇所がしばしばあるのだが、実例のフォローによって、全体としては非常に読みやすい仕上がりになっている。
また、紙も良い。1枚1枚が厚いのである。つまり、少しページをめくるだけでも確実な厚みとなって、私に「読んでいる感」を与えてくれるのである。下らないようでいて、実はかなり重要である。上述したような面白くて素晴らしい本を、「ぐんぐん読み進められた」という経験は、確実に私の記憶となって体内に残り続ける。これもまた、良書の条件であると思う。
かなり話が逸れてしまったが、本書は本当に世の中に存在する全ての人間に読んでほしい一冊である。「病い」を抱える人や関係者のみならず、むしろそうでない人たちこそ自身の持つドミナント・ストーリーに疑いを持たない傾向にあると思うので、積極的に読まれてほしい。概念から実用まで触れている本書は、どんな読者に対しても確実に何らかの気付きや学びを与えてくれるだろう。