ポルトガル短篇小説傑作選
よみがえるルーススの声
ルイ・ズィンク, 黒澤直俊
現代企画室
感想
「あとがきにかえて」にて、「1974年以降のポルトガルの『現代化』のバラエティが示せる」とある通り、本当に多種多様な作品群で構成されており、終始濃厚で味わい深い内容となっている。ただ、私の不勉強のせいもあって、コンテクストがわからず、頭に疑問符を浮かべながら読むこともしばしばあった。書かれてある文章を理解することはできるものの、なぜその文章が立ち現れるに至ったのかまではわからないという状況だ。
そして、あとがきによる解説がかなりあっさりしているのも、少し心残りである。ただでさえポルトガル文学に関する日本語の情報が不足している中で、解説がないと、せっかく手に取った読者が離れかねないのではないかと感じてしまうのは、単なる私の我儘か杞憂に過ぎないのだろうか。作品自体はどれも面白いものの、「あとがき」の文章から熱量が余り感じられなかったのが、少なからず残念だった。
以下、特に印象に残った作品のメモ。
少尉の災難
史実の戦争をもとにした社会派小説かと思いきや、まさかの星新一END。とんでもない衝撃を受けた。ポルトガル短篇集の入り口としてこの作品を持ってくるというのは、英断と言って差し支えないだろう。何と言っても、オチを知ったあとに読み返すと、作品の雰囲気が一変し、コミカルなコメディのように思えるところが面白い。掌編でありながら再読にも耐えうる素晴らしい作品。
ヨーロッパの幸せ
レイシズムたっぷりで、差別表現全開なのだが、示唆に富む作品。運河を隔てて向こう側にいた得体の知れない人々が、自分たちの生活に混じってきた恐怖がありありと伝わってくる。一方で黒人たちの「ヨーロッパの幸せ」を求める姿は無邪気そのもので、白人の心情とのコントラストに磨きがかかっていて、目を見張る面白さがある。
ヴァルザーと森
何らかの寓意があるように感じたが、ポルトガルについて何も知らないためにそれ以上のコンテクストを読み取ることはできなかった。人工的で自己満な「自然」を本来の自然環境の中に創る行為を皮肉にする作品だと思って読んでおり、「もう自然はこりごりだ~」的な「とほほEND」を予想したのだが、その割には最後までヴァルザーが希望に満ちていて肩透かしをくらった気分になる。とはいえ現代に生きる人間は、真の自然環境では生きていけず、あれやこれやと人工物の修繕をしなければならないという点には、近代化の功罪について考える余地があって、少し興味深い。
美容師
美容師として髪を切りながら冷静な口調で語られる、だからこそ、より彼女の憤怒の大きさが真に迫る。最近韓国文学を多く読んでいる身なので、アジアからほど遠い欧州最西端のポルトガルでも、女性の収奪が文学として取り扱われるほどに深刻であることに、悲しさを覚える。1974年に民主化したことを踏まえると、今後さらに勢いを増していくと予感する。
図書館
本の効能が端的に描かれていて面白い。本は、読者を死から救うが悪行からは救い出さない。加えて、そのやり方はひどくまわりくどくて、とはいえ本そのものは全ての人に開かれている。本という不思議な存在をこれほどまでに明確に言語化する能力には唸らされたものの、一方で背景ストーリーにはあまり魅力を感じなかった。おそらく陶酔に満ちた自分語りばかりだったからだろう。
汝の隣人
貧困・階級社会による個人主義。日本に共通するテーマが僅か数頁にこれでもかと言うほどぎっしり詰まっていて、身につまされる思いである。特に、主人公のような、強い心配性で、自身に直接関係がなくても眠れないほど思い悩んでしまう人が私の身近にいるものだから、パーソナリティは地域や言語を越えるものだと実感した。