缶詰サーディンの謎

缶詰サーディンの謎

ステファン・テメルソン, 大久保譲

国書刊行会

感想

解説を読む前

き、奇書すぎる……(褒めてる)

百年の孤独が、私の読んできた小説の中で1番複雑な人物相関図を持つと思っていたが、たった今その記録は更新されたし、未だにその全貌をつかめていない。わざわざメモを取りながら読んだのに、その片鱗、外殻すら捉えきれなかったのはあまりに悔しい。

ただ、読んでて楽しすぎる。脱線に次ぐ脱線、謎また謎でなんにもわからないけど、文章のひとつひとつが理屈っぽくて魅力的で、何もわからないまま催眠にかかったように読み進められる。正気と狂気の狭間を行きつ戻りつして、読者を酩酊させる、まさに奇想天外な怪奇小説である。

解説を読んでから

解説が非常に秀逸。特に、「全体主義の世紀を生きたステファン」というのが、本作を読む上で大変協力な補助線になる。つまり、「良いマナーは不滅である」を軸に、目的と手段が倒錯する全体主義の熱狂的な滑稽さを、持ち前の奇想を武器に表現してると言える。

また、著者の表現力を説明してるのが「奇想とノンセンスが、常識(コモンセンス)への信頼に裏打ちされている」という解説になる。著者は、全体主義に生き、人間のコモンセンスを十全に理解したからこそ、それのアンチテーゼとなる作品を書けたのだし、書くに至ったのだろう。

そう考えると、この作品、奇書でいながら噛めば噛むほど味がするスルメ作品である。上記全体主義に生きるをキーワードにしながらもう1周すれば、おそらく新たな発見があるだろうし、哲学的長広舌も初見時よりは入ってくるだろう。加えて、著者が哲学者ということもあって、哲学について学べば、さらに傑作であることを感じられるかも知れない。

ともかく、わけがわからないまま読み進め、とんでもないラストに呆気にとられてしまったが、読後感は案外気持ちの良いもので、癖になってしまっている感が拭えない。今年読んだ中で「味わう」が1番似合うのは、本作かもしれない。