風の海 迷宮の岸
小野不由美
新潮文庫
感想
本作は、ビジネス書である。なぜなら、泰麒が「いままで『自分』だと信じていた枠組みを大きく超えた生き物であること(p.272)」を自覚する物語、つまりリフレーミングが実現されるまでの道程を描いた物語だからである。泰麒は、蓬莱での十年があることによって、それまで生きてきた世界と、これから生きていく世界を相対的に比較することができ、より自身への理解を深めることができる。
加えて、驍宗はお手本のような上司であり、これもまた本作がビジネス書たる理由の一つである。驍宗はとにかく視野が広く、かつ胆力がある。泰麒が饕餮に相対した際に、逃げずにあえて怪我をしたと伝える描写はまさに、部下を信じつつ責任は自身で取るという素晴らしい上司像に重なっている。
このように、未熟な若輩者と経験豊富な年長者がともに成長していく姿は、ビジネス書でありながらも読んでいてとても気持ちの良い物語として仕上がっている。それから「月の影 影の海」の陽子と同様で、何でもない存在が、大きな存在へと成長を遂げるオリジンストーリーは、やはり心が躍る。
それから、「麒麟に意志などありはしない(p.366)」という独特の価値観も面白い。今回は、泰麒の、驍宗との誓約の裏付けというポジティブな理由として説明されたが、今後、麒麟のアイデンティティを巡る不穏な話にも発展するのではないだろうか。ただの深読みの可能性が高いのは否めないが、ともかく続編を読むのが楽しみである。