ようこそ、ヒュナム洞書店へ

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ファン・ボルム, 牧野美加

集英社

感想

寄り道の多さが種々の魅力を生み出している。アフォリズム的な歯切れの良さではなく、たくさん言葉を重ねて、あくまで「今この瞬間」での「より良い」を目指す姿勢には、肩ひじ張らない元気を貰える。ケアの倫理的でもあるし、三美スーパースターズ的でもある。

本書は、表題にもある通り書店を中心とした物語である。実際、様々な実在する本が引用されている。一方で、そういった本の紹介以上に多くの紙幅を割かれているのが、人と人との会話である。とにかく登場人物たちが会話をし、その内面が仔細に描写されている。

今年の読書感想文でたびたび触れてきた通り、私はお話教信者である。丁寧な、されど他人行儀になりすぎない、思いやりのある会話こそが人間を人間たらしめ、「より良い」空間にすると信じている。だからこそ、本書でたくさんのお話を交わす登場人物たちの姿には、じんわりと心を動かされるものがある。

そして、そうしたお話を経て、登場人物たちは自身の在り方を再構築していくのである。そこに身辺環境の大きな変化が伴わなかったとしても、内面から新たな自分をスタートさせている姿には、爽やかな気持ちよさを覚える。雨上がりのような、閉塞感から解放された心地よさを多分に味わえるのだ。

(ただ、正直、終盤にかけての恋愛模様は、正直、う~ん、あまり好みではなかった。これはあくまで私の好み。お話を重ねて、心を交わして、その結果恋に近い状態にまで発展するのは理解できるものの、どうにも痒い。たぶん、語り部のせいだと思う。本作で内面描写を語る際は、必ず三人称となる。これが単なるお話合いならまだいいのだが、恋情に近いものになると、途端に冷める。強い思いは、三人称でなく一人称でその内面を語ってほしい。もしくは、会話や行動を通して語られていてほしい。謎の語り部によって登場人物たちの内情を説明されてしまうのは、なかなかどうして一長一短である。)

本書は、本筋だけを書けば半分以下の頁数でまとまるだろう。しかし、そうすると魅力も半減されてしまう。たくさんの会話は、一つ一つを取って眺めてみれば取るに足らない言葉かもしれない。しかし、それらが幾重にも積み重なることによって、一言では表しきれない素敵な美しさを持つのである。そういう意味で、本書の約370頁という厚みは、すごく尊いものに感じられる。