ネット怪談の民俗学
廣田龍平
ハヤカワ新書
感想
「日本のネット怪談の大まかな見取り図を提示する」という言葉をまさに有言実行した、非常にボリューミーな新書。きさらぎ駅やくねくねを始めとした、私でも知っている有名なものから、ろっぽんぞーのようや文献が極めて少ない怪談にも触れていて、微に入り細を穿つ内容になっている。ネット怪談の、今現在に至るまでの栄枯盛衰を総なめしているため、後世にも重要な資料として残る予感がする。
その一方で、著者があとがきにて細かな事例を取り上げきれてないと書いており、ネット怪談の広さを実感させてくれるのもまた良い。因習や儀式などの個別具体としてのオカルトから、ナラティブを排除しつつ恐怖を共有する抽象的なリミナルスペースまで、私の所感だと既に出尽くした感があるのだが、著者の言葉を信じるならばこれからどのような怪談が展開されていくか非常に楽しみである。
また、民俗学的な知見に基づく分析も非常に面白い。流石学者だけあって「リサーチャー(p.144)」として、ネット怪談というひとつの「文化」がどのようにして醸成されてきたかを、深く考察している。それによって、ある怪談ひとつを取り上げても、実は様々な変容や移り変わりがあり、一言には語りきれないどころか、語り尽くせないほどの奥行を持っていることが明らかになる。この、新しい視点が次々と啓かれていく感覚が読んでいて大変楽しかった。
それから特に印象的なのは、怪談におけるステレオタイプに対する考え方である。私のような素人の感覚では、ある怪談の中に「あるある」が多いと、またそのパターンかと、大して関心を持たなくなってしまうのだが、民俗学者はその逆を考える。「どこにも類例が見られない伝説は、話者の創意が大幅に混ざっているのではないか……(p.156)」と考察するのだ。素人の実感とは異なる、民俗学の視点が多分に感じられる面白い一文である。
この文章を受けて、民俗学は、社会学と隣接しつつ、遠いがケアの倫理的でもあるのではないかと感じた。膨大な凡例から一般論へ帰納するのではなく、個々の事例を詳細に検討することによって、一つの側面を見出していくのは、マクロな視点では取りこぼしてしまう気付きや発見が多くあると思わずにはいられない。素人ならばパターンに収斂させてしまうような怪談の要素も、なぜそれが多くの人に共有され語られるに至ったかまで考察することによって、新たな地平が開けてくるというのはすごく面白く、かつ大切な営みだと思う。
私がネット怪談への馴染が薄いのもあるだろうが、本書には今までに考えたことのなかった気付きが多くあり、終始楽しく読むことができた。正直、自分で調べるには手と足がすくんでしまうのだが、本書のようにしっかりとまとまっていて丁寧な考察もなされている本ならばさらに読み進めてみたい。ただまあ、ジェフの画像は掲載しないでほしかった…….。あれ、ほんっと、怖すぎる……。