蠅の王 新訳版
ウィリアム・ゴールディング, 黒原敏行
ハヤカワepi文庫
感想
なぜか、既視感がある。○○に似ているとかではなく、私は本作をどこかで読んだことがある。が、私の本棚には今回読んだハヤカワepi文庫のものしかない。割と怖い、ふつーに怖い。なんで?
…….まあ、マジレスするなら、おそらく大学の授業で取り上げられていた気がする。登場人物の対立構造と合わせて講義を受けた気がするし、蠅の王というタイトルよりも現代の”Lord of the Flies”のほうが耳馴染があるので、たぶん英文学の講義で一部取り扱ったんじゃないかな。
とはいえ細部はすっかり忘れていたので、それなりに新鮮味をもって楽しむことができた。子供の見せる悪意なき残虐性がたっぷりと描出されていて、まさに読む地獄。小説としてのエンタメ性と、内ゲバを起こす子供たちの不快感が絶妙に拮抗している奇跡的なバランスの名作。一番怖いのは「人」であると見抜いていたピギーとサイモンだけが死に至るというのも救いがなくて好き。
また、最終的には唯一人間性を保ったまま保護されるラルフだが、彼に特別な何かがあるわけではないというのも良い。彼は作中幾度も野蛮人への道に誘惑されていたわけで、ジャックとの違いはあくまで一線を越えたか否かという点のみ。「暴力性と自分本位さ(帯より引用)」はしっかりと備えているのである。
そして、こうした「原罪」は年を取るにつれて体の奥へと仕舞い込まれていくのだが、それゆえに、終盤では大人たちがラルフたちの狂乱ぶりに理解を示せないのも中々どうして罪深い。我々人間の根底には確実にそうした原罪が存在していて、それを否応なく認識させられる本作は、読む人全てに何らかの恐怖を与えると言っても過言ではないだろう。
一方で、サスペンスとエンタメ性を担保しているのが素晴らしい。ここまでの感想を踏まえると、本作は社会性が強くて、読むハードルの高い作品のように思えるが、テーマの割に読み味自体は軽めで、ハラハラドキドキを終始味わうことができる。特に、ピギーの死あたりからラストまで駆け抜ける疾走感は、映画を食い入るように読むことができる。
ざっくばらんな内容と結末をなぜか知っていたので、本作をとんでもない衝撃作として読むことはできなかったが、改めて読んでも非常に味わい深い作品であったのは言うまでもない。ノーベル文学賞を受賞する所以を実感した一作だった。