文字渦

円城塔

新潮文庫

感想

長編SFのような、精巧に練られた壮大な物語だと身構えていたのに、実はただ著者がふざけ散らかしているだけという奇書中の奇書。おそらく多くの人がそうであると思われるように、私は「闘字」でメタゲームがまわった段階で、著者がおちゃらけているのだと気付いた。わかりづらすぎる。しかし、わかってしまえばこっちのもので、文字が生きる世界を深く楽しむことができる。

(とはいえ天書以降は読んでいない。文章が終始小難しいので読むのに体力を使う。特に、最近仕事周りが忙しくて、本作のために脳味噌をフル稼働させる余裕がない。したがって、一旦本棚に戻す。)

個人的なお気に入りは、「文字渦」「闘字」「新字」。「文字渦」は自分で頭を捻って考えた結果、自分なりの解釈を導き出せたから好き。作品そのものよりも、読書体験として良い思い出になったといったところ。「闘字」は既に触れた通り、メタゲームやぼくのかんがえたさいきょうのもじがいたりと、コミカルで楽しい。「新字」は建国と傾国を、文字を書くという不思議な側面から見出しているのに、どこか納得感とカタルシスがあって面白い。

それから、「緑字」や「微字」での、闁に関連するお話はSFを読むときのわくわくを感じられて良い。文字の島や海、果ては宇宙しかり、門で門をつくる闁の生産工場しかり、文字を見つめ続けてゲシュタルト崩壊を起こしたその先にあるような発想が、新鮮な驚きと楽しさをもたらしてくれる。

本作は奇書である。それはもう疑いようがない。しかしその一方で、本作は文学、ひいては文字の秘める無限の可能性を提示した素晴らしい作品でもある。人間が毎日触れる、いわば当たり前の存在となっている文字を題材にして、縦横無尽に話を膨らませられるのは作者の筆力によるものであるが、逆説的に、筆力・発想力・知識が備わってさえいれば、どんなに普遍的な、どんなに些末な題材であろうとも面白い作品は生まれうるというふうに考えることもできるのではないだろうか。そういう意味で、様々な可能性に満ちた傑作と言える。