風の万里黎明の空 上

風の万里黎明の空 上

小野不由美

新潮文庫

感想

「月の影影の海」の続編としては頗る面白く、高い学習意欲をもって市井の生活を送る陽子の姿はとてもエネルギッシュで、気持ちよさがある。ただ、一方で新たに登場した二人のキャラクター、祥瓊と鈴の物語としては面白くないどころか、首を傾けてしまう場面が多くあり、読むのがつらかった。

まず陽子について。先述の通り、彼女は王としての自身の能力不足を知り、市井の生活で送ることを決断する。この決断を下せること自体「月の影」の陽子では絶対にあり得なかった選択肢であり、彼女の成長を感じられる良い一幕である。反対する景麒にも、しっかりと胸の内を言語化して伝えているところも好感を持てる。

加えて、固継での生活でも、奢らずに粛々と遠甫に学ぶ姿も爽やかで、読んでいて心地よい。特に、遠甫や蘭玉を始めとする、様々な人たちとしっかり言葉を交わしているところが良い。さらに拓峰では会話どころか、怪しい輩たちとも物怖じせずに会話しており、ぐんぐんと成長していく力を感じられ、下巻の彼女の描写に期待を持てる。

その一方で、祥瓊や鈴の物語はあまりにも嫌悪感が募る内容だった。それは、祥瓊と鈴が不遇の立場にいるからという意味ではない。彼女たちの成長を盾に、平気で虐待を正当化する存在がいるからである。沍姆にせよ、耀にせよ、彼女たちが「実は良い奴でした」パターンに組み込まれるのは、甚だしく不快であり、全く以て美談とは言えない。

確かに祥瓊も鈴も高慢で自身の不幸に浸る傾向があるのは確かである。彼女たちは、視野を広げて自身と社会の繋がりについて想いを馳せるべきではある。しかし、そのために命に関わるほどの虐待を行うというのは、いかがなものか。理解者を一人も持たない孤独という絶望がいかに苦しいかを理解できていないのは、沍姆や耀のほうではないだろうか。

もちろん、本作はあくまでファンタジーで、私のいる世界と価値観が大きく異なるのはわかる。前作でも触れたが、天意とそれに選ばれた王を絶対視するのは、独裁政権のようで危うさを感じるものの、それは十二国記という世界の宗教であるから、あんまりつつくのは野暮である。ゆえに、沍姆や耀の暴力行為も、「まあそういう考え方・価値観なんだろう」と飲み込むことはできる。とはいえ、作品を読む読者としては、まあつまらない、まあ納得できない。悪い意味で、読んでいて非常に苦しい内容であるのは、これまで述べてきた通りである。

最後に余談だが、十二国記のストーリーがかなり一辺倒であることを気になっていることにも触れておきたい。これまで読んできた十二国記の四作には、主な筋書きとして、逆境→克服というパターンが見られる。正直飽きるし、本作は読み始めて数十ページでまたこのパターンかと嘆息してしまった。小説という都合上仕方のないことかもしれないが、もう少し捻ってくれないと物語の大方の顛末を予想できてしまう。

本作は陽子がいるから読み続けられているものの、次作も同じような 逆境→克服 パターンだったら、継続して読むのは少し厳しくなってくるかもしれない。とはいえ、読み始めたからには全巻制覇したいという想いもあり、なんとも難儀である。