光の護衛

光の護衛

チョ・ヘジン, キム・キョンスク

彩流社

感想

言葉にならない……が、すごく美し(「美しい」という単語で言いきってしまいたくないのだが、私の貧弱な語彙だと、これが限界で、あくまで暫定的に「美しい」としている)く、読後、深く呼吸できるようになる作品である。

まず、情景の広がりが圧巻である。全体を通じて描写される雪は、ただそれだけでも美しくあるのだが、闇と対比されることによって、よりその輝きと暖かみを増している。具体的には、アルマ・マイアの戦時中過ごした真っ暗な地下室や、13歳のクォン・ウンの孤独な自宅が、「シャッターを押すとき、カメラの中でひゅうっと通り過ぎる、光」の存在をより強調し、象徴的なものにしている。

そして、タイトルが「光の護衛」であるように、光(≒撮影された写真・映像)を通して人々に伝えられる様子は、故人の記憶を文字通り護衛する作業に他ならず、恐ろしく繊細でありながらも、途方もない救いがそこには存在している。つまり、救いという光と、雪に反射する光が、物語の中で静謐に混ざり合っているのである。最後の一文で綴られた、クォン・ウンだけを照らす「ショーウィンドウに反射する陽の光」は、まさしく「光の護衛」に他ならないのではないだろうか。

そして、本作では物語の構造も読書体験に大きく影響を与えている。「人、人々」を鑑賞して清掃員に声をかけられるまで席を立てなかった主人公と、本作を読んで、押しいだくときのような心持ちでしばらく放心していた私が、少なからず重なるように感じられる。クォン・ウンがアルマ・マイアを見つめ、主人公がクォン・ウンを見つめるように、私もまた、本作を見つめることで、登場人物たちの感情の一端を追体験できるようで、より深い情感を得られる。

30頁程度の短編でここまで文字数を費やして語るのは我ながら珍しいと思う。しかし、それでも足りない。本書を語るには、アフォリズムのような簡潔な言葉でまとめてしまってはいけない。シンプルに語れば、作品の光が絶対にこぼれ落ちてしまう。だから、断言せずに多くを語り、そしてその一言一言を正確に、慎重に検討しながら語らねばならない。「光の護衛」はそういう作品であり、だからこそ、私の心に、深く根を張ったのだろう。

余談

「東の伯の林」も大変良かった。

当事者ではない、観測者から見た物語。聞き手としての物語を追体験できるのは、場合によっては語り手を追体験するよりも効果的だということを実感する。実際、ヒスの涙に共鳴したもん。