フィールドワークってなんだろう
金菱清
ちくまプリマー新書
感想
プリマー新書ということで、簡潔でわかりやすい文章ながらも、深くまで考えさせられる良書だった。フィールドワーク、ひいては社会学がなぜ存在するのか、なぜ必要とされるかというところにまで触れているので、納得感もあり、フィールドワークの魅力が十全に伝わってくる。
また個人的には、昨年読んだ「ケアの倫理」系の本やフェミニズム系、民俗学系の本などと通じるところが多く、より理解が深まった。本書で度々登場する「ブラックスワン」は、まさにケアやフェミニズムでいうところの「個人的なことは政治的なこと」であるし、震災における幽霊の話というのは、「科学的見地は別として実際に見た人が存在している」という怪談に対する民俗学的アプローチに隣接している。
加えて、昨日読み終えた「翻訳のレッスン」と通じるところもあるように思える。私は翻訳に対して、「成果物」よりも「行為そのもの」に、翻訳をする当事者として価値があるという考えを抱いた。フィールドワークも同様に、それによって得られた情報は、それ単体で見るなら「n=1」でしかなく、ややもすると、面白雑学程度にしか扱われかねない。しかし、フィールドワークを実施した当人にしてみれば、「自分のよって立つ足場」が壊される感覚を直に経験することで、新たに得た知見以上の「実感」が心身に刻まれるのである。
フィールドワークという言葉は、日常生活では耳馴染がない。しかし、上述したような内容を踏まえると、フィールドワークは決して研究員や学生のみに与えられた方法ではなく、遍く全ての人々がその存在を知り、実践していくべきものだと言える。定式化した社会が当たり前になっている今だからこそ、フィールドワーク的感覚を持つことが、社会をより良くする第一歩になるのだろう。本書では、そのようなフィールドワークと意義について、かなり理解しやすい形で学べるという点で素晴らしい一冊だと思う。
余談
ミルクボーイは文字起こししても面白いという、何にも役に立たない知見を得た。