感想
虚実に関係なく、豊かな世界が広がっている。著者本人が「半世紀近い年月が流れている」と言うように、もしかしたら思い出補正込みの美化された思い出かもしれない。しかし、真偽はともかくとして、本書の内容を書かせるに至ったのは紛れもなく著者の幼少期の体験に他ならない。ある原体験が、後に一冊の本を生み出すまで当人の中で生き続けたのなら、それだけで素晴らしいことではないだろうか。
一方で、本作を読む私の眼差しには、羨望がたっぷり含まれている。著者の身の回りが創作に溢れていてとにかく羨ましいのだ。音楽にせよ、詩にせよ、書物にせよ、俳優にせよ、何かを表現する活動が嘲弄の的にならずに受け入れられる空間を著者は生きている。それ自体はすごく素敵であたたかい気持ちになるのだが、如何せんやっかむ気持ちも産まれてしまう。成人してからの経験ならまだしも、二度と取り返しの付かない幼少期であるからなおのことである。
以上を踏まえると、本書は読むタイミングによって印象が大きく変わるような気がする。余裕のあるときは、著者の生きた色彩豊かな世界を楽しむことができるだろうし、そうでないときは著者の環境をひたすら妬ましく思うだろう。それどころか、著者の表現したものは、健康で文化的な最低限度の生活をしっかりと達成した上に成り立っているものだから、シニカルな目を向けかねない。「到達点」なんてものを意識するのは、心身ともにある程度満たされてのことだからだ。
因みにこの感想文を書いているときの私の心境は、ポジとネガが概ね五分五分である。ほっこりもできるし、白けることもできる。冷静なようでいて、ただただ疲れているだけである。ほんと、ここ最近、仕事が忙しすぎるのよ……。
まあ、仕事が忙しかろうと、金曜日だろうとなかろうと、本は常に読んでいたい。むしろ、忙しいときこそ本をたくさん読んで、現実に密かに反抗したい。