カクテル、ラブ、ゾンビ

カクテル、ラブ、ゾンビ

チョ・イェウン, カンバンファ

かんき出版

感想

面白かったのだけれど、どこかで読んだことのある話ばかりで、中々気持ちよく物語に入っていくことができなかった。各話の感想でも書いているが、もうひとひねりあるか、登場人物の内面をもう少し詳細に描いてほしかったところである。

あとがきにあるように、現実では得られない「突き抜ける気持ち良さ」は確かに存在するものの、それが暴力的な行為に拠るところが大きいので、結局即物的なスカッと感しか得られない。せめて、読後も余韻に浸れるような、ずっと浸っていたいような爽やかさまで演出してほしかった(私の感受性の問題な気もするが)。

インビテーション

スパニッシュホラーと韓国純文学をミックスしたような読み味。他者からの抑圧に抵抗できないもどかしさが十何年もの間骨として喉につっかえていたが、幽霊のような実在が怪しい存在に背中を押されてその骨をようやっと吐き出すというお話。その過程で4体の死体が出来上がるが(おそらく、主人公の両親、祖父、彼氏)、それがどこまで現実での出来事なのかは明かされず、作者のみぞ知るところとなる。

面白くなくはなかったものの、とりたてて新鮮味のある話でもなく、大きな驚きはなかったのが正直なところである。冒頭で喉につっかえる骨が登場した時点で、気詰まりのメタファーであることが容易に想像できるし、それがどこかのタイミングで解消されるというのも概ねよくある展開だと思う。むしろ骨が取れるに至るまでの過程に、主人公の心情がそれほど詳細に描かれていないため、あまり物語に入っていけなかったきらいがある。

蓋し、なまじ韓国の純文学を読み漁っているせいなのだろう。登場人物の内面に肉薄する、切な作品を多く吸収してきたので、本作のように描写が少ないとどうも物足りなく感じてしまう。喉につっかえた魚の骨からスプラッタに発展するのは確かに面白いのだが、どうにも飛び道具のように思えてそれ以上の魅力を感じられなかった。

湿地の愛

お互い以外の何物をも顧みず、ただ二人だけの世界で愛を交わす物語なんてなんぼあってもいいですからね。……と、思う反面、人里離れた沼地や森林に住む孤独な存在が、土地開発によってそれまで当然のものだった住処を追われるという展開は日本でもよくある。代表的なものが、河童で、漫画「銀魂」では本作のムルのように土地開発側の人間を懲らしめる描写がある。

それに、幽霊が心残りを抱えて成仏できないでいることも、幽霊が声なき声の存在を示していることも、要素としては韓日問わず様々な物語に登場する。ならばと、ムルとスプの内面に迫ろうとしても、短編ゆえに描写が少なく、通り一遍の行間しかない。もう一つ、あと何かもう一つ、ホラーや純愛小説には登場しない要素が欲しかった。

カクテル・ラブ・ゾンビ

インビテーション同様、テーマは韓国文学なのに、その回答がひねりのない「破壊」であって、もう少し何らかの工夫や捻りが欲しかった。いや、文字通りゾンビのように長らくしぶとく続く家父長制を、物理的に破壊するのは、読んでいて気持ち良いのも事実である。しかし、その過程で「憎悪の根底にあるのは愛情(p.104)」と語るのは、あまりにも陳腐かつ危険ではないだろうか。

オーバーラップナイフ、ナイフ

ー おかんが言うにはな、「起こるべくして起こることは、起こってしまう」ってセリフが印象的な物語やねん。

ー そ~れはTENETやなあ。その特徴は完全にTENETやね。時間順序保護仮説に基づいたSF作品の傑作なんやからあれは。

ー でもな、おかんが言うにはな、その作品には悪魔が登場するねん。

ー ほなTENETと違うかあ。TENETはね、SFやけどリアルやねん。自分でも言うてることわけわからんけど、クリストファー・ノーランは絶対に悪魔なんて出さへんねん。出るとしても五次元の人間くらいやでそんなん(インターステラー)。