ウォートン怪談集

ウォートン怪談集

イーディス・ウォートン, 柴田元幸

葉々社

感想

小間使いの呼び鈴

あなたが亡くなるの!?

読み間違えたのかと思ったし、自分の行間を読む能力が壊滅したように感じている。ただ、改めて読み返しても、ミセス・ブリンプトンが亡くなる展開に変わりはない。亡霊のエマが、ミスタ・ランフォードのもとを訪れたこともはっきりと描かれてある。では、なぜミセス・ブリンプトンが亡くなったのだろうか。

蓋しエマはミセス・ブリンプトンを愛していたのではないだろうか。粗野な夫と、夫のいないときにだけ現れる間男に挟まれながら陰鬱と暮らす彼女に読み聞かせをしていたエマは、いつしか、彼女に特別な、並々ならぬ想いを抱くようになったのかもしれない。そして、死後もなお亡霊として屋敷を徘徊するエマの胸中は、ミセス・ブリンプトンへの心配でいっぱいだったのかもしれない。

そう考えると、ミセス・ブリンプトンが最後に亡くなってしまう展開にも納得がいく。エマの、ミセス・ブリンプトンへの思いの丈が溢れてしまったがゆえに、これ以上ミスタ・ブリンプトンやミスタ・ランフォードと一緒に居させられないと考えたがゆえに、彼女をこちら側へ連れ出したのではないだろうか。主人公ハートリーは「気の毒な奥様(p.47))」と言っているものの、案外本人たちにとっては、どこかしら楽になれた幸せがあるようにも思える。

……どうだろう。とんでも解釈な気がする。でも、私はこの読みで行く! 異論はもちろん認める! 

ともあれ、読んでいてわくわくしたのは事実である。表紙にある「複雑さとリーダビリティのバランスが絶妙」というのが本当に的を射ていて、するりと頭に入ってくる読みやすさなのに、底の知れない闇の深さをぞくりと感じられる面白さがある。唐突に終わりを告げる展開も、ある意味では怪奇小説らしくて、そこまで悪くない。癖になる楽しさがあるのだ。

夜の勝利

圧巻……!!!

……というか、最後の一文まで魅せてくれる物語が好みなだけかもしれない。レイナーが倒れた際に見た赤く染まった手は、レイナーのものではなく実はファクソン自身のものだったというオチ。見事ミスリードにしてやられ、まんまと出し抜かれてしまったわけだが、小説の醍醐味を新鮮に味わえたので大満足である。

それに、中途でのファクソンの内面描写も繊細で魅力的である。一時はその場にいない人を笑い者にしても、後になって「やはり胸が痛(p.84)」むところや、「どこへ行ってもよそ者(同頁)」だと自認し、「根無し草人生(同頁)」と自身の人生を評する様子に、言い様のない悲哀が表れている。吹雪く闇の情景も相まって、冷ややかで陰鬱とした空気が読者の肌にまで敏感に伝わってくるようである。

ことに、本作では各場面での空気感が秀でていたのではないだろうか。ノースリッジの肌に突き刺さる寒さや、マレー島行きの船上の柔らかい暖かさなど、種々の描写力が極めて高く、その世界観にどっぷりと浸ることができる。久々に、小説を隅から隅まで味わわせて頂いたように思う。

ミス・メアリ・パスク

こっわ!!!

抜かれチャッタ……、度肝……。

死後もなお亡霊として、人気のない屋敷に住まい、妹や人々を想いながら淋しく暮らすミス・メアリ・パスク。喋り相手は吹きすさぶ風だけで、1年越しの来客も恐怖にわななき逃げてしまう。なんてかわいそうなミス・メアリ・パスク。

……だと思っていたのに!!! ただの狂人やないかい!!!

思わず私の故郷の言葉が飛び出すくらいには、不意を突かれて、おったまげ。主人公が、ミス・メアリ・パスクの死を思い出した時点で驚かされていたので、正直まさかこんな短い話の展開の中でもうひとひねりしてくるとは思わなんだ。大どんでん返しかつ、死角からの急襲。いや~存分に楽しませてもらいました。

全体

前提として、原著者と訳者を分けずに、1つの作品として語る。原書を読まない限り、どこまでが原著者の文章で、どこまでが訳者の文章か測りかねるので。

全体に共通する印象としては、描写力の高さが目を引いた。確かに、各話であっと驚かされた部分はあるものの、物語全体を根底から支える文章力には目を見張るものがあったように思う。

これは何も、微に入り細を穿つ精緻な文章力だからというわけではない。

本作の文章には、とにかく無駄がないのだ。それは、単にすっきりとしているというだけでなく、余分な箇所も含めて無駄がないのである。1文1文は、日本語の小説で言えば長いほうなのに、読点で切れるひとかたまりそれぞれには一切の淀みがなく、癖があるのにスラスラ読める。作品ごとに情緒があり、登場人物たちの質感もしっかりと感じられるけれど、読んでいてひっかかることがない、なんとも不思議な味わいである。

そのため、何回も度肝を抜かれまくった割には、本作は再読に耐えうるのだ。展開抜きにしても何回も何回も読み返せるスルメ作品で、気付けば作品の虜になっている。短篇小説でありながらかように重厚で、個性的でありながらも読みやすい。久しぶりに、良い小説に出会えた気がする。