感想
Humanity is evil.
ミュウツー(名探偵ピカチュウ)
最高! 人間の嫌なところが凝縮されていて最高!
この言葉に尽きる。本作は、俎上に上がるか上がらないかの境で蠢く人間関係の摩擦がぎっしりと詰まっていて、ただひたすらに不快である。誰が悪いとか、誰が良いとか関係なく、皆等しく「少しずつ嫌」なのである。しかし、そうした不快を越えて私が「最高」と感じるのは偏に、それら全てのやりとりにどこか共感してしまうからだ。やられた側としても、やってしまったことがある視点でも、どこかしらの点で集合住宅に住まう彼らと響き合う部分があり、とても他人事には思えない。
少し自分語りに入る。私は最近、社交性に重きを置いて暮らしている。Ciscoのポッドキャストでソフトスキルの重要性について聞いたり、「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」で交流の楽しさについて読んだ結果として、読書会や英会話など、社交の場を増やしてより多くの人と関わろうと意識的に取り組んでいる。生来の交流無精もあるので、若者でいられるうちに克服したいのだ。
とはいえ、最近は少し疲れ気味である。MPがじりじりと減っていくような、精神的に、少しずつ追い詰められていくような感覚がある。それでも社交的な人間のほうが、より人生が豊かになるものと考えて、少しばかり無理をしていた。
そんな折に読んだのが本作である。もう、心が救われるようである。社交性を絶対視しつつあった私の頭を、一旦リセット & 脱力させてくれたのだ。そうだよね、やっぱ人間ってクソだよねと、そういう風にして慰めてくれたのである。当然、「人間はクソ」に甘んじるようではいけないものの、煮詰まって爆発しそうだった社交モンスターの私を諫めてくれた点で、本当に有難かった。
というわけで、個人的な経験も踏まえて本作はとんでもなく素晴らしい、おそらく2025年マイベストとも呼べるのだが、ここからはより具体的な内容について語っていきたい。
何よりもまず、描写力の高さがある。複雑な文章や独特な語彙は一切なく、むしろ読みやすささえあるのに、「人間クソあるある」があまりにも正確無比なのだ。人々の何気ない言動を拾い上げる観察力と、それを誰にでも共感できるよう描出する表現力の双方を揃えており、ただただもう天晴である。無駄な描写は一切なく洗練されているからこそ、一度も飽きずに共感し続けられるのだ。
それから、描写力に関連して「視点」の書き分けも非常に優れている。例えばエピローグでは、ギョンウォンによって各家庭の顛末が語られるが、読者はここで初めて、ダニ家がハイブランドに身を包む家庭であるということを知る。それまでの人物(ウノやヒョネ etc)の語りでは描写されなかったことから、ギョンウォンが各家庭の経済状況を神経質に気にする人であることが暗に示されているのである。
このような視点人物による情報の偏りは、ギョンウォンに限った話ではない。同じエピローグでは、集合住宅を見学しに来た「女性」による語りもあるが、彼女は大人たちを総じて「○○ちゃんママ/パパ」と呼称している。家父長制の根強さ、あるいはそれに疑いを持っていない人物であるということが示唆されているのだ。
同じ夫婦・親子・妻・夫であっても、その在り方や思想は千差万別である。何を重んじるか、何を優先するかは当然人それぞれであり、だからこそ他者と摩擦が発生してしまう。抽象的に言うは易いが、本作のような4つの家庭、14人の人々を各人の視点を通して描き分けるのは至難の業であり、翻って、著者の筆力を多分に感じることができる。
良い感じの締めの言葉が見つからないので、最後にもう一度書いておく。
最高! 人間の嫌なところが凝縮されていて最高!
Humanity is evil.
ミュウツー(名探偵ピカチュウ)