感想
十二月の都大路上下ル
爽やかなガール・ミーツ・ガール。万城目学氏らしい京都ファンタジーでもありつつ、エネルギッシュに走る青春小説でもある。
以上!!!(本書の面白さと対照に、私自身の心は嫉妬に苛まれている。読書感想文ではないので余談にてつらつらと書く。)
八月の御所グラウンド
材料は良いのに、調理があっさりしすぎなせいで物足りなく感じた。野球がしたいという想いによって集まる戦死した人々、導かれるようにして彼らとチームを組んで野球をする現代の人々。各々が異なるを想いを胸に、ボールを投げて、打つ。大人の青春小説といった装いで、胸が熱くなるように思われたのだが、要素の多さの割に一つ一つへの言及が少ないせいで、不完全燃焼感が否めないのである。
先日読んだ「生殖記(小学館)/ 朝井リョウ」にしたって、以前読んだ「小説(講談社)/ 野崎まど」にしたって、共同体と隔絶した生活を送り、その在り方が物語を通してどれだけ変わらなかったとしても、彼らの内面は確実に変化している。この観点で本作を読んでみると、主人公は物語のラスト2ページで漠然と草野球への思い入れを強くしただけである。結局のところ、無為に過ごす自分との折り合いがついておらず、ただ目の前の野球にのめり込もうとしているだけなのだ。ある意味で、「生殖記」の尚成以上に軸がないように思える。
しかも、最後で火を獲得するに至るまでの過程も、ダイジェスト的で薄味である。えーちゃん周りの情報については、主人公でなく別の登場人物(シャオ)が一通り調べ上げてしまっており、主人公はその恩恵にあやかっているだけで、新情報が公開されてもなんのカタルシスも感じられない。
何よりも、えーちゃんらと対話を一切交わさないところが、本作を薄味たらしめる最たる理由である。それどころか、主人公の主な喋り相手は2人だけで、ほとんどの思想が主人公の中で自己完結してしまっている。
別に、そういうあり方を否定するわけではない。内へ内へと閉じこもっていく在り方も私は好きである。ただ、「心に火を灯す」といった演出を行うような熱い作品を描くのならば、もう少し主人公の心が外に向けて開けていてくれないと、納得感はない。あるいは、えーちゃんらとの交流を通して、徐々に心が開けていくような演出があっても良かったのではないだろうか。
結局のところ、テーマと要素がミスマッチなのが問題なのだと思う。内へ閉じこもるタイプであるはずなのに、当人の外部で出来事が動く。読者は主人公の視点を追体験しているのだから、主人公の埒外ばかりでイベントが起こり続ければ、疎外感を覚えるのも当然である。このように、主人公と外部の相互作用がほとんど見られないまま作品が進んだ結果、拍子抜けした心持ちになるのだ。
仮に本書を、「過去との対話」で読むならば「マリリン・トールド・ミー(河出書房新社)/ 山内マリコ」の方が面白いし、「草野球を通した大人の青春」として読むならば「三美スーパースターズ(晶文社)/ パク・ミンギュ」の方が面白い。胸を熱くさせるような物語にしようとしていたのならば、せめてもう少しページ数を増やして、各登場人物の複雑さを描出して欲しかった。う〜ん、残念。
余談1
上記でメッタメタに語ったが、著者は手ごたえを感じているらしい。
もしかすると、著者の中では、各登場人物のディティールが詳細に存在しているのだが、それが文字になっていないというパターンではないだろうか。(あるいは私が深く読み切れていない可能性。)
余談2
醜悪な話をする。
「十二月の都大路上下ル」を読んで、私は激しく嫉妬した。というのも、内容があまりにもベタで、直木賞作家というネームバリューありきで収録されたように思えるからだ。決してつまらなかったわけではない。気持ちよくなれる要素がコンパクトに詰まっていて、あっさりした読み味ながら、小説として十分楽しめるよう仕上がっている。
ただ、この作品が昨今の小説の新人賞に選ばれるだろうか。あるいは、無名の作家がこの作品をネット上で発表して、注目を集めるだろうか。
どうしてこんな仮定を設けるのか。それは、私が小説を書いていて、あわよくば新人賞を取りたいと思っているからだ。確かに本作は面白いのだが、「万城目学」という名前が作品から取り除かれた時に、それでも作品が日の目を浴び続けられるかというと、疑義が残る。
ここに私が嫉妬する理由がある。一度有名になってしまえば、そしてある程度固定ファンがついてしまえば、多少他作品に比べて薄味であっても、受賞作と抱き合わせで出版されたりして、しっかりと多くの人に届けられるのだ。「謎の香りはパン屋から(宝島社)/ 土屋うさぎ」の時にも感じたが、作品の良さと知名度と売上はどの組み合わせでも相関関係を持たない。だからこそ、私は激しく嫉妬するのである。その作品がどのようにして書かれたかも想像せず、ただひたすら、嫉妬するのである。
あああああああ!!! 悔しい!!!