本を売る技術

本を売る技術

矢部潤子

本の雑誌社

感想

 本屋さんへの解像度がぐんぐん高くなる素敵な本。「入荷して、棚に配置して、売る」だけではないということが実例をもってわかるので、書店員さんへの感謝の気持ちと、本屋さんに行きたい欲がむくむく湧いてくる。本を買うためでなく、「本屋さんを楽しむために本屋さんに行く」という新たな目的を与えてくれるという点で、すごく価値のある本だと思うのだ。

 中でも印象深かったのは、売ることへの執着と一冊への拘りが両立されていることである。

 まず本書は一貫して「いかにたくさんの本を売るか」ということに焦点を当てている。タイトルが嘘をつくことなど一切なく、より多くの本を手に取ってもらい、より多くの本を売るための技術が余すところなく伝えられている。「置かれた場所で咲きなさい、ではなくて、咲く場所に置きなさい(p.53)」という言葉に代表される通り、配置一つで売上が大きく変わるからこそ、書店員さんは日々、本をどう棚に置くか腐心しているのである。

 一方で、本書の話し手の一人である矢部氏は、一冊への執着も強い。品切れのスリップ(事故伝)は、取っておいて、出版社の人間が来た際に見せ「どこかに1冊くらいあるでしょ?(p146)」と訴えたりするのだそう。本人は「通常の仕事です(同頁)」と言っているが、聞き手の杉江氏は「執念ですね(同頁)」と言っているし、私もそう思う。一冊の重みをわかっているからこその行動だと感じるのだ。

 正直素人からしてみれば、矢部氏の執念は、費用対効果があまり高くないように感じる。しかし、幾多の現場を経験してきた彼女にしてみれば、そうした一冊に執念を燃やすことこそが、「たくさん売る」ことに繋がると考えているのだろう。つまり、良い本を一冊でも、一人でも多くに届けることで、購入者がまた書店で本を買おうと思い、来店する、そうした循環まで含めてようやっと「たくさん売る」と言えるのだ。読者たる私にとっては目から鱗がぼろぼろ落ちるような価値観である。矢部氏のような書店員さんたちのおかげで、私は本屋さんでの充実した時間を過ごせていると思うと、もうほんとに頭が上がらない。

 人の職業の深みを知るのは楽しい。書店員さんも例に漏れず、むしろto Cビジネスで普段からよく見ているがゆえに、印象と実態に大きなギャップがあって読んでいてずっと楽しかった。出版業界における縁の下の力持ちである書店員さんのおかげで、私は生きながらえているのだ。BIG LOVE, BIG APPRICIATE……

余談

最近オープンしたジュンク堂系列の本屋さん、magmabooksを楽しんできたのだけれども、本書の「面陳」に関する箇所を読んだ後に思い出すと、良くも悪くも味わい深くなるね。

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