夜ふかしの本棚

夜ふかしの本棚

朝井リョウ他

中公文庫

感想

 また、本を読んでいると、眼球を丸洗いされるというか、見ている景色が様変わりする瞬間が何度かあります。[略] この小説の最後の一行を読んだときに私は、高校生ながら、その一行を一生覚えているだろう、その一行に自分の人生は何度も照らされるだろうと確信しました。

p.13-14 人生を照らす読書体験 朝井リョウ

 初っ端から朝井リョウの筆がうますぎる。油断すると全文引用してメモしたくなるほど、「一瞬の風になれ/佐藤多佳子」への想いが溢れている。「人生は何度も照らされるだろう」なんて、ややともすると大袈裟な表現に感じられそうなものだけれど、不思議と過不足のない言葉としてすとんと心に入ってくるから感嘆するばかり。

 なんだかんだそういう文章との出会いが私の中にもあるということも、抵抗なく入ってくる一因かもしれない。最近だと、「コイコワレ」の「負の感情を自身が引き受ける」という文章がそれである。1か月たって、他のどの文章よりも克明に覚えているし、朝井リョウよろしく、きっとこの先も忘れることはないのだろうという予感がある。そして、こういう経験を想起させる文章を書くのが、朝井リョウは本当に巧いのだと思う。や~、天晴。

大人になっても残る思春期的なものの多くは、人の弱さを認めていく優しさにもつながっていく。

p.16 最強の「中二病」小説 中村文則

 あは~~~↑↑↑

 「人間失格/太宰治」からこんな暖かい言葉が飛び出すなんて……胸がいっぱいだよ私は……。中村文則もまた、文章が巧い……。僅か2頁ちょっとで、思春期、人間失格、自分自身の経験を統合してまとまった一塊の文章に仕立て上げている。引き締まった肉のような文章で、気持ちよく読むことができる。や~天晴(サンデーモーニングか?)。

 ……こんな調子で毎章毎節書いてたらキリがないので一旦区切る。そのくらい、本書は作家全員の筆が卓越している。自身の好きな(嫌いな)、あるいは薦めたい本だからだろうか、大なり小なり皆熱量をもって文章を書いてるように思えて、なんだか紹介型の読書会に参加した気分になる。紹介されている本の内容は知らないものがほとんどなんだけれども、紹介する人の熱量によって、よくわからないけど面白そう、読んでみたい!と思えるのだ。

 そして何より有難くて素敵な経験になっているのが、本書には既にたくさんの付箋が張られていることである。というのも私は本書を人から借りて読んだのだが、貸してくれた人がびっしりと付箋を貼っていて、貼られた文章を読むと、肩越しにその人がしゃべっているような気分になるのだ。とても一人で読んでいるとは思えなくて、時々辺りを見回したり、自然と笑顔がこぼれてしまう。もちろん付箋が全てでないとはわかっているが、とはいえその人のことをさらに深く知ることができて、私の中のその人の輪郭がよりはっきりしてくるようで、すごく、幸せな気持ちになる。本当に有難いことですよ。

 ちなみにその人は2022年に本書を読んだらしい。つまり、私と出会う前の、3年前のその人と会話しているわけで、時空を超えた読書ができているというわけである。しかもそれが、本書のような素敵な本で経験できているのだから、もう何物にも代えがたい最高の読書体験なわけですよ。ありがてぇ……ありがてぇ…….。

 やっぱり本は良い。上記のような経験をすると、改めて、じんわりと、そう思う。本の良さなんて遥か昔からわかってはいるのだけれども、様々な人々の「人生」と結びついた本を知ると、本の世界はあまりにも広大であまりにも豊かであるということを、初めて知ったかのような気持ちで気づきなおすことができる。ケア勉強中人間としては、文字通り多孔的な自己を実感できて、心地よくなれるのだ。