感想
たくさん読んできたわけではないけれども、本作を読み終えたことで、良いホラー作品の共通項を見つけた気がする。
それは、「リーダビリティ」である。
「ウォートン怪談集」の表紙にある言葉だが、それは当作に限った話ではない。「火のないところに煙は」も、平易な文章ですらすらと読み進められる良さがある。そしてその上で、フェイク・ドキュメンタリーとしての没入感があり、世界観を余すところなく堪能することができる。
直近で「両膝を怪我したわたしの聖女」を読んだことも影響しているかもしれない。当作は、リーダビリティが悪すぎるあまり、中々内容に入っていけなかったところがある。もちろん、リーダビリティが絶対的な正義ではないけれども、物語を楽しむためには、文章そのものに気を取られないほうが良いという側面はあるのだろう。
そういうわけで、本作はリーダビリティと没入感を兼ね備えた良策なのだが、もっと早くに読んでいればという、どうしようもない後悔が少しだけ心に残る。というのも、私は以前「ネット怪談の民俗学」と「近畿地方のある場所について」を読んでおり、本作のようなフェイク・ドキュメンタリーには多少慣れているところがある。ゆえに、最終章の種明かしフェーズでの驚きはさほど大きくなく、気持ちが穏やかなまま本を閉じてしまったところがある。
そもそもすべての物語にドキドキハラハラやどんでん返しを求めるものではないのはわかっている。とはいえ、リーダビリティが高く、かつ没入感もあってワクワクさせてくれる素敵な作品だからこそ、次のページでは一体どんな展開になっているのかと、読み進めるごとに期待感を高めていたのだ。そうして高まった期待感が宙ぶらりんになって終わったのは、なんとなく「救出の距離」を思い出すが、そうはいっても不完全燃焼感が拭えない。あと一つ、もう一つだけ捻りがあってほしかった……。
とはいえ本作が面白かったのは事実である。常に緊張感があって、じんわり恐怖が付き纏う読後感は、怖くありつつもどこか心地よい。最近、集中して読書することができていなかった私が、久々に、純粋に楽しめた作品であるという点で、本作は紛うことなき良作である。
