感想
ゆる言語学ラジオをそのまんま本にしたような内容で、さくっと読めるのに満足度が高い。著者は「いびつな本(p.213)」だと形容しているが、素人目にはむしろ大木のような本に思える。「会話の0.2秒」という太い幹を中心にして、たくさんのテーマが枝葉のように伸びているからだ。語用論、生成文法、意味論、方言、ジェスチャー・フィラーなど、確かに広範なのだけれども、「会話」ひいては「自分と出会い直す(p.207)」という思想が確固としてあるからこそ、本書はたとえいびつでも、言語学への愛に溢れた、ずっしりとした一冊になっているのだ。
中でも特に印象に残ったのは、関係性理論と認知意味論である。
まず関係性理論は、「処理労力が小さければ小さいほど関連性が高くなる(p.45)」ところが面白い。私のイメージでは、関連性はその前ページで説明されるような、「有益かどうか」が重要だと思っていた。ところが仮に有益でなかったとしても、処理労力が小さかった場合は関連性が高いと判断する。つまり、いかに適当な情報であれど、わかりやすければ食いついてしまうということで、昨今のメディアの在り方への示唆に富んでいるのではないだろうか。最近「世界 2025年9月号」を始めとして、メディアによる煽動に興味がある身としては、すごく良い視点を得たような気がする。
それから認知意味論では、「人間の思考過程の大部分がメタファーによって成り立っている(p.109)」という主張がかなり大胆で面白い。時間や感情といった抽象概念も、人間はあくまで「現実世界にあるモノを通して理解して(同頁)」おり、極論、メタファーこそが意味であると論じているのだ。
ここで、アイデアにもならない素朴な思考をメモしておきたい。抽象概念も現実世界の物質に依拠して思考・言語運用されているならば、逆説的に、現実世界の物質に何らかの大転回が起きれば、抽象概念そのものも大きく変容するのではないだろうか。これをテーマにSF作品っぽいものを書けそうな気がするのだが、ぴったりと言葉にするにはまだ時間がかかりそう。ともかく、メタファーやレトリックが主役となる認知意味論は個人的にすごく興味のある分野なので、創作関係なく掘り進めていきたい。
他にも面白かった・印象的なテーマはたくさんあるのだが、挙げだしたらキリがないので一旦ここまでにしておく。いずれにせよ、ゆる言語学ラジオの良さである「横道」の多さが遺憾なく発揮されおり、結論まで含めて、素人に寄り添った(それも嫌味なく)すごく優しい一冊となっている。「自分がまったく意識していなかった常識に気づ(p.208)」き、「自分とは異なる人への理解を深められる(同頁)」ことは、自身を、ひいては世界を豊かにする。昨今の言語化ブームとは一線を画す一冊となっており、稀有な存在なのである。
