感想
どっきりするような展開がなく予定調和的な物語ではあるものの、沖縄ののんびりとした雰囲気と馥郁たるお酒でゆったりと楽しめる穏やかな一冊。どの場面もしっかりとした筆遣いで描かれているから情景が浮かび、まさに風が吹いているような実感を覚える。ルビにふんだんに盛り込まれた沖縄の言葉も良い味を出しており、ただのビジネスサクセスストーリーとは一線を画す風合いに仕上がっている。
……どうしよう、書くことがない。
上記の感想に嘘はない。ただ、あまりにも王道すぎて、取り立てて触れたい部分がないのだ。地元のサトウキビを活かしたラム酒をつくるために奔走する主人公。気まぐれな同僚、素直じゃないなりに応援してくれる祖母と母、様々なアドバイスをくれる想い人、伝説の醸造家にサトウキビ農家とその村長たちなど、たくさんの人を巻き込んで困難に立ち向かい、結果として「風のマジム」を完成させて大団円を迎える。うん、可もなく不可もなく、本当にコメントが難しい。
蓋し、複雑な葛藤がないのだろう。主人公まじむは、祖母と母の寵愛を受けて育ったおかげか、地元への帰属意識が強く、またそれを当然のことと捉えている。東京の大学へ進学したのもあくまで祖母に言われたからであり、卒業後は沖縄に戻ってくることを当たり前に考えていた。もはや地元愛と言うまでもない、揺るぎない地元への信頼があり、それゆえに物語としては異論の余地がなく、「そうなんだねえ……」とコメントするより他ない状況になってしまう。
ここで思い出すのが、どこかで書いてあった売れる本の法則である(どこに書いてあったか思い出せない!!!)。曰く、売れる本というのは、それを読んだ7割の人が共感し、2割の人が「ん?」と疑問を覚え、1割の人がつまらないと感じるのだそう。「風のマジム」を本作に当てはめるならば、疑問を覚える2割の数が限りなく少なく、共感の7割とつまらないの1割の共感がぼやけて混ざり合った10割になっているところだろう。
結局、ツッコミどころがなさすぎるのも考えものなのだ。フックになる部分がないゆえに、良くも悪くもさらさら~っと読めてしまい、心に残るものがあまりない。映画の予告で再生数が回っていないのもどこか納得で、自己投影する余地を全く与えてくれず、「お好きにどうぞ~」感が否めないのだ。
……と、辛辣に書いたが、私はこれから「風のマジム」を課題本にした読書会に行く。これを絶賛する人たちの意見を聞いて、本書への私の眼差しが変わることを期待したい。
余談
そういって、シャツの胸ポケットからオーダーメモを取り出すと、さらさらと何か書きつけた。びりっと破り、ふたつのボトルのあいだにそっと置いた。
五 醸造家を探せ! p.182
「ネットで検索してみて。連絡先、一発で出てくるから」
瀬那覇仁裕。
まじむの運命を変えるであろう、醸造家の名前だった。
「PRIZE」を読んだせいで、最後の一文がすっごい余計に思えてくる。わかっとるわいという気持ち。本作は特にそういう良くも悪くも「懇切丁寧な」一文が多かったように思う。
カーテンのすきまから、しらじらと朝の光が射しこんでいる。
二 風の酒 p.48
その白い光がちょうど落ちるところに、まじむの閉じたまぶたがあった。
一方で、こうした視線誘導は作家の技だなあとも思わされる。全体を通して、沖縄の心地よい空気感が表現されているのはひとえに、著者の技量によるものに違いない。
