感想
今なお男女での種々の格差が激しい韓国と日本。それは本書でも引用される「82年生まれ、キム・ジヨン」を始めとして、本に限らず多くのメディアで発信されている。訳者あとがきの中では「最近、フェミニズムに関わず本がどんどん刊行されなくなっている(p.136)」という韓国の女性編集者の声が取り上げられていて、それは実際そうなのかもしれないが、こと個人の感覚としては、ここ1、2年の間で少なくない数の書籍を読んできたこともあって、とりたてて目新しい情報があったようには思えなかった。
もちろん本書のように、現代社会を丁寧に分析する眼差しも極めて重要ではあるものの、今の私の関心はどちらかというと「じゃあ、どうする?」というところにある。植民地支配から解放されて、急進的に進歩主義に走った結果、いずれ出産や育児をする必要がある女性たちを負債として見捨て、何十年も経った今でもそうした価値観が男性を中心に深く強く根差している中、果たして状況を伝えるだけで良いのだろうかと思ってしまうのだ。
蓋し「ダークサイド・スキル」の言葉を借りるなら、この問題には「情理」よりも「合理」のほうが効果的ではないだろうか。「すべての企業人のためのビジネスと人権入門」の中では、新たな市場や事業を創出する視点を取り入れることこそが、「ビジネスと人権」の浸透に繋がるのだとして、道徳的な「べき論」でなく、利益を追求する市場経済の観点から当概念を推進している。女性の労働問題に関しても、こうした市場経済の視点での主張が必要ではないだろうか。
実際、本書の中でも少し触れられてはいる。90年代アメリカでのダイバーシティ経営戦略では、各企業が高学歴女性の人材を活用し始めたが、それは決して「少数者、あるいは弱者の集団を支援するという課題としてではなく、企業全体の人材開発という観点から議論された(p.77)」からである。モラルでなく経済として女性雇用について考えており、それは真の意味でジェンダーバイアスの解消にはつながっていないかもしれないけれど、実質的なところでは日本や韓国よりも遥かに進んでいるのである。
スウェーデンの例も同様に捉えられるように思う。「世界 2025年10月号」で紹介されていたIKEAのように、国全体で「職種別の賃金格差が大きくな(p.18)」く、そして「パートタイマーの大半が正規色であり、時間あたりでフルタイム労働者と同レベルの給与を保証されている(p.19)」スウェーデンでは、実は性別職務分離現象が深刻だが、それでも批判が少ないのは賃金や勤務体系といった実際的なところでの格差がないからである。強い性別職務分離現象によって、思想こそバイアスがかかっているかもしれないが、その上で結果的に不平不満が少ないのであれば、いずれさらに議論を進めていく必要があるとはいえ、日本に比べれば十分進んでいるのではないだろうか。
「世界 2025年10月号」では、少子高齢化していく社会で、いかに労働力を確保するかが課題として語られている。女性雇用も、種々の議論を一旦飛び越えて、貴重な労働力として捉えてみれば、聡明な企業から一抜け二抜けと確実に人材を確保できるのではないだろうか。楽観的なのは重々承知だが、私にとってこうした視点は自力では中々辿り着けないので、思い切って書いてみた次第である。
たった150頁でも、これだけの学びがある。本当に有難い限りです。
