感想
風邪をひいた。もしかするとインフルかもしれないし、もしかするとコロナかもしれないが、ともかく、体調を崩した。喉の痛みと悪寒が猛威を振るう。だのに働かなければならない。誇張抜きに、シンプルに、つらい。
そんな中でも、本作は楽しく読むことができた。視点人物が特定の人物を観察して語る形式だが、その視点人物自体がかなりうろんであり、物語には常に一定の緊張感が漂っている。まっすぐ道を歩いているはずなのに、たまに何もないところで躓くような感覚が定期的に現れて、コミカルなリズム感がどこか心地よい。
しかし、本作は直木賞っぽくはないだろうか。純文学の芥川賞、大衆文学の直木賞と分けられるが、上記の通り私は本作を”fun”の意味で楽しめたため、どことなく直木賞の匂いを嗅いだのだ。
ところが解説を読んで意見が変わる。先に引用した解説者の鋭い洞察や、読者の多様な感想に、本作が純文学としての強度を確実に持っていることが見て取れる。本作は家父長制の作品であるし、中年女性の作品であるし、視点の作品でもあれば叙述の作品でもあるのだ。様々な「読み」を許容し、かつ種々の懊悩を見出すことができる本作は、紛れもなく芥川賞受賞作なのである。
ともあれ、本作をさっくり楽しく読むこともできる。風邪をひいた私にとって程よい可読性と面白さであり、療養中の私にとって、心の滋養になったことは確かである。余裕のあるときにあらためて読んでみてもいいかもね。
