
ノルウェイの森 下
村上春樹
講談社文庫
感想
紛うことなき駄作。吐き気を催すナルシシズムに満ちた主人公、主人公に都合の良すぎる「冷蔵庫の女」的女性陣、心の機微をぜ~んぶ性的な行為で表現してしまう浅はかさ。あまりにも、あまりにもひどい。どうして本作が評価されているか皆目理解できず、悪い意味で衝撃的な作品である。
とにかく主人公が自分本位すぎるのがきつい。いくら大学生とはいえ、彼の自己中心的な思考・言動には嫌悪感しか抱くことができない。周囲の女性を蔑ろにしているのに、「誰かを傷つけたりしないようにずっと注意してきました(p.243)」などと宣い、自身の殻の中に引きこもる。周囲を傷つけ、自分を慰め、あまつさえ直子との思い出で真っ先に浮かぶのがフェラチオの記憶とくれば、一点の曇りもなく彼を嫌いになることができるのである。
加えて恐ろしいのが、村上春樹がこんな人間を、モテ男として描いていることである。異性どころか同性からも忌避されそうな気持ちの悪い人物の周囲には、なぜか彼を好意的に捉える人間しか存在しない。まあ、仲の悪い人は自然とフェードアウトしていって、関係の良好な人が周りに残るから仕方ないこととはいえ、登場人物の倫理観がおしなべて崩壊しているのは果たしてどうなのだろうか。せめて舞台が海外や異世界であれば多少の理解を示せたものの、生憎舞台は東京や京都であって、同じ国に住んで文化を共有する人間としては違和感以外の感情を覚えることは一切できなかった次第である。
とはいえ、嫌悪した点を意気揚々と論っても、すっきりするだけでしかない。だから、本作の良かった点を挙げたいのだが、これが、びっくりするほど、なんにもない。上下巻に及ぶ物語をぎりぎり成立させる文章力はあるものの、それとて商業出版する作家であれば当然のことであり、本作固有の良さというのは、ない頭を捻って考えても、な~んにも浮かばなかった。それくらい、本作は救いようのない駄作であった。
正直、読んで損した気分である。総600頁程度読める時間があれば、他の作品に使いたかった。そう思う程の気持ち悪さであり、たぶん、今後村上春樹を自発的に読むことはないと実感した時間だった。(余談:本作は80年代に刊行されており、いわゆる「しらけ世代」的な価値観が多分に反映されていた。転じて、最近の村上春樹の作品では、時代観を反映しているのか、それとも「しらけ世代」的な物言いが今でも続いているのか、それだけはちょっと気になる。とはいえ相当余裕がないと、彼の作品はもう手に取らないと思う)