感想
良い読み方するなあ、というのが全体の所感。「III 新聞記事はおもしろい」での、種々様々な記事を縦横無尽に面白がりつつも、批判的精神を忘れずにツッコミを入れる姿は理想的な新聞ユーザーそのもので、読んでるこちらも楽しくなる。経済学者や書評家という立場もあるだろうが、幼少期から新聞に慣れ親しんでいるからこそ、幅広く深い知識をベースに新聞を読むことができるのだろう。
印象的なのは「イフ・アイ・ワー(pp.12-13)」の話。著者は新聞を読む上でのキーワードとして上記を挙げ、想像力の大切さについて触れます。曰く「生きているとは、友だちの身になって考えるとか、自分が親になったらどうするだろうと想像してみるとか、さまざまに想像上の変身をすること(p.13)」であり、新聞は「そういう変身の術を試すことができ(同頁)」るとのこと。
これは「きみのお金は誰のため」でも書いた、「自分ごとの範囲を広げる」に共鳴する。あるいは、ヤスパースの「包括者」であったり、ローティの「マジョリティ」とも響き合うのではないだろうか。遠い場所での出来事も、自身に引きつけて考えてみることで、人生はより豊かに、そして予測可能なものへと変容していく。
『「何が起きるかわからない」ということは、いま「何が起きているのかわからない」ということでもある(p.27)』ように、「イフ・アイ・ワー」が欠けると、過去から現在、そして未来が一様にぼやけていってしまう。程度は違えど、なんだかんだ私たちは欲求を持っていて、なるべくそれを叶えたいと思っている。
なればこそ新聞を読んで見識を広げていきたい次第だ。もちろん新聞そのものへの批判は色々あるものの、幅広い情報にアクセスし、考えるきっかけを与えてくれるランダムアクセスなメディアとしては一定の信頼があると思っており、少なくとも今後しばらくは日経新聞を読み続けていきたいと思っている。
さて、そんな新聞ライフの中で備忘のために残しておきたい言葉がある。『「追跡!」精神(p.49)』だ。「49 ゼミナールの風景」でも「経過を調べろ(p.197)」とあるように、ニュース記事をただ一つピックアップして読むのでなく、その前後含めて読むことが大事なのである。なぜ大事かは言うまでもないので省略するが、とまれ私はこの視点を忘れがちである。新聞を読める時間は限られているけれども、この『「追跡!」精神』は努々忘れないようにしたい。
新聞は面白い。既にnoteに書いたことなのでこちらも省略するが、最終的に岸本氏のように、批評精神と追跡精神を持ちながら、楽しく読めるようになりたいな~。ある意味でゴールを提示してくれたような本だった。岩波”ジュニア”新書といえども侮れない。
