ラストイヤー

ラストイヤー

脇川飛鳥

短歌研究社

感想

 「言葉を憎みながら歌集をつくってしまった(p.78)」とは思えないほど、種々様々を肯う爽やかな愛に溢れている、と感じた。一首目の「ドーナツ」から始まり、p.17の「ワンダフルワールド」やp.18の「じいちゃん」など、範囲が限られて入るものの、むしろだからこそ大事に注がれる愛情が確固としてあるように思えるのだ。

 もちろん鬱屈した部分もある。しかし、p.36「死にたい」のように、苦しみや絶望を抜けた先で過去を振り返るような割り切りも感じられる。その過程でなお残る澱でさえも、そういうものとして受け入れる諦念と、されど厭わずにいようとする慈しみ(?)があるように思えてならない。

 あとがきの最後には「変わらずあなたがたを愛していて、言葉についてはもう大丈夫です。(p.78)」とある。もしかすると、歌集をつくる過程で心境の変化があったのかもしれない。あるいは、「でも、宝物にしたかった(同頁)」とあるように、脇川氏の感情を真空パックにするのでなく、じっくりと美味しく加工してくれたのかもしれない。

 いずれにせよ、私は本作を心地よく読むことができた。道端に咲く美しい花をたまたま見つけられたときのような、小さくて些細な、しかしセレンディピティによって二度目はありえないその一瞬を祝福する気持ちになれたのだ。

 本作の短歌はおしなべて地に足がついている。それもしっかりと。だからこそ、日常ではあるけどふっと消えてしまう脆くも大事な心情や景色を逃さずに捕まえられるのだろう。脇川氏の思惑はなんであれ、インフル明け(といってももう2周間経つけど)に読めてすごく良かった。

余談1

 「こんなにも(p.10)」の解釈が、私とパートナーで分かれるのが面白い。パートナーは「近くの人」が飲み会的な場所でうざったいからこそ「きみ」が引き立つという読み方で、私は詠み手含めて三人で相互の友情がまわってる感じがする。こういう余白の広さは、短歌の醍醐味だよね。

余談2

 俵万智が甘ったるいチョコだとすると、脇川飛鳥は林檎や桃の甘さに感じる。良し悪しではないし、どっちも好きだが、より心に共鳴するのは後者な気がする。