82年生まれ、キム・ジヨン【読書感想文】

82年生まれ、キム・ジヨン/ チョ・ナムジュ(原著), 斎藤真理子(訳), 筑摩書房(2017)

【要約】

82年生まれ、キム・ジヨンの出生から育児までを描く物語。

【感想】

怖い。

あまりの苦しさに休憩を挟まず一気に読み終えてしまった。

始めは「雨の日に落ちてくる雫ほど語り合い、雪の日に舞う雪片の数ほど愛し合い、互いに大事にしあってきた妻」という文章に、すごく綺麗な例え方するなあなんて感心していたのに、実際は語り合っても愛し合っても大事にしあってもいなかった。娘が生まれてからデヒョン氏の描写が一切なくなったことからも明らかである。

最後の一節が特に恐ろしい。
誇張でもなんでもなく、ただただホラー。幽霊や怪物等の未知の生命や存在と遭遇するホラーでなく、全身にじっとりと嫌な汗をかく不快感MAXのホラー。ほんとに怖い。

結局、デヒョン氏も、ジヨン氏のカウンセリングを受けていた精神科医も、「考えも及ばなかった世界が存在する(p.162)」ことに気付くことはぎりぎりあれど、その世界を理解せず、しようとも思わずに物語が終了する。作中の登場人物たちからは見えない、男女の世界の隔たりの大きさが読者の目にははっきりと映っている。そしてその大きな隔たりを理解できない作中男性陣には他人事ではない恐ろしさを感じる。

書評や口コミを見てみるとジヨン氏と同様の体験をした方が、共感でき、ゆえに勇気を貰えるとコメントしている文章が見かけられたが、果たして本当にそれ「だけ」でいいのだろうか。ジヨン氏と同じような扱いを受けているのにも関わらず「共感」と「勇気」を得られただけで喜ぶのはあまりにも謙虚じゃなかろうか。まあ、だからこそ謙虚を当たり前にするために活動している方々がいるわけでもあるが。

ところで私がすごいと感じるのは、この本が世界中でヒットしたことによる効果である。多くの人々がこの作品を読み、それぞれが思い思いの感想を共有している。中にはデヒョン氏や精神科医のような感想を持つ者もいるだろうが(もちろん私も例外ではない)、それを含めてそれぞれの立場の人間がそれぞれどう考えているのかが浮き彫りになり、誰の目にも映り、世界全体でそれぞれの思想が可視化されている。この状態は、良い方向へ進んでいるとは言わないまでも、良い方向へ進みやすい状況に少しはなっているのではないかと私は思う。

1冊の本が、世界中の人々の心に触れ、思いが感想という形で現れ共有し、よりよい方向へと動かんとする。そういう意味で、この作品はすごくエネルギーに満ちたものであると思う。