シェフを「つづける」ということ
井川直子(2015)
ミシマ社
【要約】
イタリア帰りのシェフが溢れかえり飽和していた2000年代初頭から2015年にかけて、それでも活躍する料理人15人に取材した、真摯な心と活力に溢れるノンフィクション作品。料理人たちを中心に文章が展開されるが、最後には、数多くの料理人を何十年もの年月をかけてみてきた著者による見解も少し語られる。
【感想】
名著。
料理人への取材記事でありながら、遍く人々の心に響く可能性がある。もちろん、ネットワークエンジニアという一切共通点のない私の心は大きく揺り動かされた。
まず著者について。彼女は何十年という長期スパンで取材を行い、文字通り料理人たちに寄り添っている。一度取材したきりにならず、関係を継続している姿勢は真摯で、料理人の生き様をよく知る者だからこその、包み込むような温かい優しさが文章に現れていた。
次に肝心の料理人たちについて。「料理人」というものが唯一の公約数であるだけで、彼ら彼女らの人生は本当に多種多様である。第1章は料理に一意専心、対して続く第2章は料理をビジネスと捉えている。第5章では故郷の食を大切にし、第3章ではそれと反対に全国から一点に食材を集めている。第6章では料理を手段に自由を得たい料理人が登場するし、第7章では料理人としての軸足が定まっていない人も出てくる。
あくまで「料理人」という点で共通しているだけで、1人1人の人生はそれぞれ全く異なっており、それぞれ別種の厚みと重みがある。この本は、266ページに15人が書かれている。つまり1人あたり約18ページ程度。人生を書き上げるには少ないページにも思えるが、各人の人生の凄みが1ページ、1行ごとにずっしりと胸に響いて、ページ以上のボリュームを感じさせてくれる。
そして何より、表題にある「つづける」ことの尊さである。
多種多様な料理人たちは皆、ただただひたむきに料理人をつづけている。何があろうともひたすらつづけている。ここに、私が名著だと思った理由がある。
彼らは何万分の一の確立でシェフになったが、天才でも特別な人でもなく、つづけられた人たちだったということ。
p.266 あとがき
そう、料理人たちは、常人には持つことのできない何かを与えられたわけではない。「つづける」を地道に、素朴に、確実に行っているだけなのである。現在、難関と言われる資格取得のために勉強している私は胸を打たれたどころじゃない。他人事に思えなかった。自分のことのように15人の人生を噛みしめた。
もちろん、つづけた結果として15人の料理人は何等かの成果を残している。しかしそれ以上に、成果があがろうとあがるまいと「つづける」を確実に積み上げていく料理人たちの姿のなんと尊いことか。
極端に調子の良い言葉が書かれているわけでもなく、涙ぐませるような美化された物語でもない。朴訥に続くたゆまぬ努力が、私含め多くの人間の心に深く大きく響くのだろう。
いや~、年始からどえらいもん読んじゃった。
今月No.1どころか2024年上位に食い込むくらいの名著だった。