我が友、スミス

我が友、スミス

石田夏穂

集英社文庫

感想

 大人の青春小説といった装いで、気持ちよく読むことができた。個人的には「黄金比の縁」よりも好き。

 「別の生き物になりたい(p.159)」という想いから筋トレに打ち込み、ボディ・ビルの大会に出るものの、実態は「世間と同等かそれ以上に、ジェンダーを意識させる場(p.133)」だと知り、やがて「舞台裏で一人、黙々と腕立て伏せすること(p.146)」を「掛け替えのないものだと感じる(同頁)」ことに気づく。起承転結がしっかりとしていて、かつ主人公の心の変化や気づきが明確に描かれているから、ジャンプ漫画のような熱さをもって読むことができる。

 また、元いたGジムに戻るという結末は「アルケミスト」を彷彿とさせる。確かにスタートとゴールは同じである。しかし、主人公の存在は物語の前後で全く異なる。「スミス」においては、U野が自身の本当にしたかったことを知り、「ステージというやつは、自分で演出するもの(p.166)」だという新たな地平を切り開いたのだ。アルケミストにせよスミスにせよ、どちらの主人公も最後には充実感に満ちており、読者としても運動を終えたようなさっぱりとした爽快感を肌で感じられるのである。

 一方で、現代社会に未だしつこく付き纏うジェンダー観がじんわりと、されと確固として滲み出ており、単なるスポ根ものに留まらない深みがある。ボディ・ビルという、素人目には筋肉ムキムキ集団にしか見えない大会でも、筋肉と直接に関係のないヒールやピアス、笑顔などを装備するよう要請されており、実際に経験してみないとわからないことはたくさんあるのだ。

 主人公はその渦中に飛び込むことで、そうした価値観を身をもって経験していく。ある種社会学のフィールドワーク的なアプローチが取られており、門外漢からの視点には気づきや発見が多く、読者としてもへ~と唸ることが多くあった。特に、始めは小馬鹿にしていたS子を「すげえな(p.49)」と感服するシーンは印象的で、同じ視点に立つことでようやっと見えてくる地平が提示されており、読者としては抜けるような気持ち良さを覚えるのである。

 このように、本作はとても丁寧につくられた社会学的大人の青春小説である。「黄金比の縁」と同様、あっさりとした読み味ながらも独特な言葉遣いがアクセントになっていて、やみつきになる面白さがある。こうした土台が確固としてあるからこそ、既に書いたような魅力が最大限活きるのだろう。筋トレをする人にも、そうでない人にもどこかしら刺さると思われる、良い一冊だった。