ナショナリズムとは何か

ナショナリズムとは何か

中井遼

中公新書

感想

 新書としての内容の重厚さもさることながら、著者の真摯な姿勢に心を打たれる。

 本書では、ナショナリズムという重層的で多面性のある概念の諸相を、豊富な実例をもとに定量的に明らかにしている。ナショナリズムという言葉は昨今の右傾化する国内政治において頻繁に耳にするが、私の認識がいかに茫洋であやふやだったかを思い知らされるほど、驚きの事実や意外な実証結果が多くあった。

 特に印象的だったのは、「民族的(文化的)多様性自体は、国内統合の阻害要因になったり内戦確率を高めない(p.194)」ということ。内戦や紛争に発展する本当の原因は経済的・政治的な格差なのだ。私はこの事実に驚きつつも、励まされる思いにもなった。多様性はやはり大事だという月並みながらも極めて重要な言説を、改めて信じられるようになったからだ。

 昨年の7月に行われた参院選では、外国人排斥が声高に叫ばれた。あたかも、外国人が日本を侵略しているかのような物言いで、大手を振って排外主義を掲げる人々が、為政者・市民問わず多くいた。しかし、そのような一見すると過剰な愛国心による行動も、本書に照らしてみればてんで的外れで、むしろ自国にとってデメリットしかない。本当に国を想うならばこそ、多様性を包摂していかなければならないのだ。

 ただ一方で、ナショナリズム自体が完全なる悪ではないのが難しいところ。第六章二節「シンボル操作の効果」で紹介されたインドやアメリカの調査からわかるように、ナショナリズムは当該ネーション内での結束を強め、さらには党派対立までも緩和してくれるのだ。ナショナリズムが争いを生むこともあれば、争いを諫めてくれることもあり、一言で表現するにはあまりに複雑な概念であるということをまざまざと見せつけられた次第である。

 加えて、ナショナリズムを考えることにとり、関連する要素があまりに多いのも難しさに拍車をかけている。例えば第四章で紹介される「ナショナリズムの陽動理論」では、格差の高さが愛国心を高めるが、両者に直接的な因果関係があるわけではなく、間に「政府の陽動」という隠れた要因が存在している。ナショナリズム、引いては政治について考えるとき、こうした絡み合う多数の要素を丁寧に解きほぐして検討することが求められるのだ。

 実際、本書では「愛国心は持たざる者の最後の拠り所」という、もっともらしい言説も打ち砕かれている(どこに書いてあったか忘れた、要再読)。複雑さを捨て、わかりやすさに飛びつくことがいかに危ういか、世界がいかに多くの変数によって成り立っているかを、本書は丁寧に教えてくれるのだ。

 このように、本書はナショナリズムという概念をありとあらゆる方向から検証しており、「なんとな~くわかる」状態から、「まったくわからん」という状態にしてくれる。これは進歩していないようでいて、大きな前進だと信じたい。本書を読んで、ナショナリズムわけわからんとなったものの、だからこそ、もっと勉強することで、さらにわからなくなりたいと思わせてくれたのだ。

 こう思わせてくれたのはひとえに著者の真摯な筆致のおかげでもある。「本書が長く読まれるものになれば(p.230)」と願う一方で、「本書がいずれ否定されることを願(同頁)」ってもいて、多くの生命と自由を想う気持ちが真っすぐに伝わってくる。学術的な内容に限らず、心意気も含め多くの学びがある良い一冊だった。衆議院議員選挙が二週間後に迫る中、読めて良かった。